「ほい、送信っと・・・」
お客様への、返信メールを打ち終えて、一服する為に喫煙室へ向かう。
「そうだ、タバコ切らしてたんだっけ」
エントランスへと、俺は歩みを変える。
自動ドアが開いたとたん、ムッとした空気が俺の周りを包み込む。
「あ~、夏がやって来たんだなぁ」
そう呟きながら、夜空を見上げる。
こんばんわ、洋介です。
―――――――――7月24日(金)―――――――――
折角の週末だと言うのに、クレーム処理の為今日も残業です。
去年の夏は、まだ楽しかったよなぁ。
もう、松舞には居なかったけど、大阪だったから週末毎に松舞に帰ったり、日向が大阪に遊びに来たり。
でも、今年の夏は、俺が東京に転勤になっちゃたから、会えるのはお盆くらい。いや、お盆に帰省出来るかすら、微妙です。
「今年は、日向の水着姿が、見れないなぁ」ふっと、呟いてみる。少しぽっちゃりしてるけど、ナカナカ水着姿も可愛いんですよ♪
たばこ屋の灰皿の前で、買いたてのタバコの封を開けて火をつける。
ゆっくりと紫煙を吸い込む。
額から汗がにじみ出て、頬を伝う。
「しっかし、暑いなぁ~」梅雨が明けたとは言え、空気はジメッとしていて、不快に絡み付く。
「あ~、松舞に帰りてぇ」愚痴っても、なんの解決にもならないのに、つい口走ってしまった。
もし、今の会社に勤めず、松舞に住んでいたら、今、この瞬間、俺は何をしているのだろう?
やはり、他の会社で残業しているのだろうか?
それとも、日向と楽しくおしゃべりでもしているのだろうか?
日向の部屋で?いや、それはあり得ないよな。
じゃあ、俺の狭いアパートでか?
いや、案外ドライブ中の車の中?
ホテルで、互いの温もりを確かめ有っているかもな?
いや、ひょっとしたら、俺と日向は結婚しているかもしれない。
考えたくは、二人別れて、別々の道を歩んでいるかもしれない。

長くなったタバコの灰が、ポトリと落ちた。
たばこ屋の前の歩行者信号が、青の点滅から赤に変わる。
目の前を残業帰りのカップルが、手を繋ぎながら、楽しそうに通り過ぎる。
意味もなく、ニヤッと笑ってみる。
同じ様に手を繋いで歩く俺達を思いながら。
くだらないジョークで日向が笑う。
その笑顔を見て、俺も笑顔になる。
そんな事をただ繰り返しながら、どこまでも歩いて行く。
目的地なんて無くたっていい。
いや、無い方がいい、永遠に日向と手を繋いで歩いて行けるから。
けたたましいクラクションの音で、我に帰る。
気が付くと、タバコはフィルターの所まで、燃え尽きていた。
古いタバコを灰皿に捨て、新しいタバコに火をつける。

ふ~っ。
今、こうしていられるのも、今の会社に就職して、大阪東京と転勤して来たからだよな。
もし、転勤を蹴っていたら、翌日、自動車事故で死んでいたかもしれない。
そう考えたら、少なくとも今時点までは、現状に感謝しなくちゃいけないかな
なんて、哲学的な事を考えたりもする。
今この時点、日向は間違いなく俺の物なんだから。
そして、一分でも一秒でも長く俺の物でいて欲しい。
昔の唄じゃないけど、「お前のお影で、いい人生だったと俺が言うから、必ず言うから」
そう言う風に死ねたら、それが一番理想かなって思う。

また、信号が青の点滅から赤に変わった。
あの信号が青に変わったら、また歩み始めよう。
日向に「お前のお影で、いい人生だったと」言える、その日に向かって。
深くタバコを吸ってみる。
頼りなく揺らめく紫煙が、湿った空気に溶けていった。



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