「う~ん、ご主人様ぁ」
ひざ枕している僕の上で、詩音が寝返りを打った。
そっと、彼女の柔らかい髪を撫でてみる。
こんばんわ、隆文です。
―――――――――7月25日(土)―――――――――
あの、春の思い出から、もう2年以上経つんですね。
つい、この間の事の様です。
今、僕の膝の上には、詩音って彼女が居るんですが、それ自体、高校時代から考えたら、信じられない話です。
中学高校時代、自分に彼女なんて出来るんだろうか、一生女の子と付き合う事なんてないんじゃないだろうか、って考えて独り落ち込んでいた時期は、一体何だったんでしょう?
それでなくても、周りからは気持ち悪がられていたから、自分に自身が持てず、イジイジとしていたんです。
暗い、キモい、カッコ悪いの3K状態でしたから、女の子どころか同性の友人すら、出来なかった。
でも、今こうして、僕の膝の上には詩音が居る。
悪友も沢山出来た。
恋人とは言わないが、結構クラスメイトの女の子をお茶に誘ったり、一緒に飲んだりはしている。
高校時代と何が違うんだろう?
改めて不思議に思った。
東京に上京して、徐々に自分に自信を持って、明るくなっているのは気がついていた。
ただ、それは新しい生活環境のお影だと思っていた。
しかし、そうではないみたいだ。
一体、なんなのだろう?

詩音が目を覚ました。
「申し訳ございません、ご主人様。私ったら、つい気持ち良くって眠ってしまいましたぁ」
「うん、寝顔もナカナカ可愛かったよ、詩音。」
「やだ、見てたんですかぁ。あっ、私重くありませんでしたぁ?」
「いや、全然大丈夫だったよ。しかし、詩音はいっつも明るいなぁ」
「そうですかぁ? でも、私、中学の頃から、オタクな女でしたから、結構暗かったんですよ。」
「今からじゃあ、想像も付かないなぁ(笑) じゃあどうして、そんなに明るくなれたんだ?」
「えっとぉ、それはですねぇ」
詩音は、何かためらっていたが、ゆっくりと話し始めた。
「さっきも言った様に、中学の頃から暗くて、男子に嫌われている存在だったんですよ、私。寄って来る男子が居たとしても、それはやはり同じ様なオタクの男子だったんですぅ。
そんな中、一回だけ普通の男子に告白された事があったんです。
結局その子は、親の都合で引っ越しちゃったんですけどね。
その男の子に、こんなオタクな私のどこが好き?って聞いたら、彼、何て言ったと思いますぅ?
『オタクな所も含めて、全てが大好きだ』って言ってくれたんですよ。
その時思いましたね、自分は間違ってなかったって。
自分らしい自分、飾らない自分なんて魅力無いって思っていたんですけど、そのままの自分を好きになってくれる人が居るんだなって。
そう思ったら、急に自信が沸いてきて、無理しなくていい飾らない楽なスタイルで生きれば良いんだって、分かったんですぅ。」
「ふ~ん、そんなもんなんだ」
「はい、ご主人様。あっ、今お茶入れますね♪」

詩音が、流しに立った後、タバコに火を点けながら
さっきの詩音の言葉を思い返してみる。
山瀬さんも、同じ様な事を言っていたな・・・
よく、考えてみたら、俺も全く一緒じゃないか?
山瀬さんが、僕の事を好きだと分かったから、自分に自信が持てる様になったんじゃないか?
そうだ、卒業してから東京に来るまで、日が短かったから、気が付かなかったけど。
そうだ、山瀬さんがさっちゃんが、「笑える様になったのは、私を好きになってくれた人が居たからだよ。こんな私でも、人を好きになって、その人が私の事を、好きで居てくれる・・・恋愛が出来る事が分かったから。」って言ったのも、結局同じ事だよな。
さっちゃんが、自信を僕から貰った様に、僕もさっちゃんから、自信を貰った。
きっと卒業式の日、さっちゃんが「第2ボタンをくれ」って、言わなかったら僕は自分に自信が持てないまま、ダラダラと東京で過ごしていたかもしれない。
切ない思い出では有るが、僕にとって、すごく大切な思い出なんだ。
改めて、さっちゃんに会いたくなった。
まぁ実際には彼女は、人妻だから叶う筈の無い事なんだろうけど。
でも、もしもう一度会う事が有ったとして、今の明るい自分を見たら、彼女はどう思ってくれるのかな?
そんな事はどうだって良い、ただ一言「俺の事、好きになってくれてありがとう」って、言いたい。

詩音が、氷のカラカラという心地好い音を響かせながら、お茶を運んできた。
「はい、ご主人様ぁ、ご主人様の大好きなミントティーですぅ。私のは、アイスロイヤルミルクティーですぅ」
ストローを口にしながら、ちらっと詩音を見る。
僕の視線に詩音も気付いた。
「味、変でしたぁ? ご主人様ぁ?」
「えっ? いや、すごく美味しいよ詩音。」
僕は、ストローを口から離ししゃべり続けた。
「詩音・・・俺の事、好きになってくれてありがとう」
こんな恥ずかしいセリフを、ちゃんと言える様になったのも、さっちゃんのお影だよな。
もう、高校時代みたいに後悔はしたくない。
「ほぇ? 何ですか急に? ご主人様なんか変ですぅ。
でも、こちらこそありがとうございます。
こんな私を好きでいてくれて、感謝感謝ですぅ」
また、ゴロニャンっと、僕の膝の上に寝転がってきた詩音に、僕は優しくキスをした。


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