いつもの様に6時に目覚ましが鳴る。
未だ身体の疲れは取れていないみたいですけど、ダラダラと過ごす時間は有りません。
思い切って、窓のカーテンを空けたら、真っ白い朝日が、私の部屋に飛び込んで来ました。
パジャマ代わりに着た、男物のワイシャツ一枚姿のまま、キッチンに行き、コーヒーメーカーのスイッチを入る。
低い冷蔵庫に頭を突っ込み、ベーコンと卵を取り出し、温めたフライパンにベーコンを並べる。
冷蔵庫の上に置いてあったコンビニ袋から、夜買ったクロワッサンの袋を取り出しながら、プチプチとベーコンの油が弾け始めたフライパンに、卵を落とし入れます。
クロワッサンを口に咥えたまま、出来たてのコーヒーをカップに注ぎ、焼き上がったばかりのベーコンエッグを白いディッシュプレートに盛り付ける。
まだ少し怠い身体に、濃い目のブラックコーヒーを流し込む・・・おはようございます、森山小夜です。
―――――――――sérénade編 9月30日(土)―――――――――
同じ時間軸で流れているとするなら、松舞も朝を迎えています。
今日は学園祭です、大盛況になる事を祈ってます。



「ちょっと、モリヒデ~。田舎饅頭届いたわよ。」
「OK、じゃあ一つ味見を・・・。」
「こら、あんたが食べてどうするの~」
「いやだって、今朝は朝ご飯抜きだったから・・・」
「あんたが遅くまで、PSⅢやってるからよ、どうせ寝過ごしそうになったんでしょ(笑)」
「ほっとけよ、ダンジョンが長くて、中々セーブ出来なかったんだよ」
「ったくもう・・・ほら、あんたのおにぎりだよ。」
「おっ♪ 用意が良いな、ヒグラシ」
「実は私も、朝ちゃんと夜遅くまで電話してたから、朝食抜きだったんだ」
「おっ、旨い・・・」
「でしょう~」
「ああ、マジで旨いぞ、この味付け海苔と沢庵」
「ちょっと、それってどう言う意味よ!」
「後、隠し味が利いてるな・・・このおにぎり」
「隠し味? 普通に塩で握っただけだよ」
「あっ、ヒグラシの手の垢の味か・・・」
【こんな楽しい食事って久しぶりです。ホントお二人は仲が良いんですね。夫婦漫才見てるみたいです】
「えっ? ヒグラシ、今何か言ったか?」
「ううん、何も言ってないよ。それより早く食べちゃいなさいよ、朝礼が始まるわよ。」



今日は、午前中身体検査を受けて、今回のタイムトラベルのレポートをまとめた後、午後から久しぶりに松舞へ、里帰りをします。
お母さんに色々とお礼を言わなきゃいけないし、もう一回、お父さんと知り合ってからの、話を聞きたくなったんです。
ずっと、お父さんと顔を合わせたくなくて、松舞には2年以上帰っていませんでした。
でも、今回昔に行ってみて、お父さんの考え方に触れ、少しお父さんの事が好きになりました。
16歳の彼は、純粋で子供だったけど、自分の意見をしっかりと持った男性でした。
彼の優しさに触れ、つい本気で恋をしてしまった事は、本人には内緒です・・・だって、付け上がるだけですからね(笑)
お母さんにも、黙っておこうと思います。
32年前同様、嫉妬されそうですからね。
それ位、うちの両親は未だにラブラブなんですよ。



「ねぇ、モリヒデ。そろそろ11時だよ。ブラスバンドの演奏会が始まっちゃうよ。」
「あれ、もうそんな時間か~。どれ、緑川さんの演奏に癒されっかな。」
「あら、私じゃ癒しにならないの?」
「あぁ、ストレスの根源だからな、お前は」
「ひっど~い。それが美味しい朝ご飯を、提供した恩人に言うセリフなの~」
「おにぎり食わせてくれって、頼んだ覚えはないぞ」
「あっ、散々文句言いながら食べておいて、今更そのセリフは無いでしょ」
【だから~お二人とも止めて下さいって! お二人には仲良くしていて貰わないと、困るんです私】
「えっ? 誰?」
「ん?どうしたヒグラシ。」
「ううん、何でもない、私の気のせいみたい・・・」
「行くぞ、ほら、ヒグラシ」
「うん」モリヒデが差し出した手をギュッと握る。

「この曲聞いた事有る・・・ヒグラシ何て曲だっけ?」
「ちょっと待ってよ、今プログラム見るから・・・」
【グレン・ミラーの、ムーンライト・セレナーデですよ。・・・セレナーデって漢字で書くと、小夜曲って書くんです。】
「ムーンライト・セレナーデ」「ムーンライト・セレナーデ」
ヒグラシも同時に思い出したみたいですね、二人で口を揃えて曲名を叫んでました。
曲を聴いているうちに、何か大切な物を失った様な、寂しい気分に襲われました。
演奏に感動したって訳でもないのに、涙が頬を伝う・・・
ヒグラシに気づかれてやしないか気になり、あいつの顔を見ると、あいつの頬にも涙が伝っていた。
俺は、そっとヒグラシに手を握偽ってみる。
その暖かくて柔らかい手が、俺には心地よい。



♪♪♪
「あっ、もしもしお父さん? うん小夜。」
「どうした、お前が電話かけてくるなんて珍しいな…。しかし、『現在』に帰ってくるのは3ヶ月後だって、佳奈絵が言ってたけどな」
金田佳奈絵から森山佳奈絵に姓名が変わり、「かなかな」でなくなったお母さんは、、「ヒグラシ」から「佳奈絵」と呼ばれる様になったんですよ。
「うん、向こうの時空で装置がバグっちゃって、一ヶ月しか滞在出来なかったのよ」
「身体は大丈夫だったか?」
「うん大丈夫」
このさり気無い優しさに、私は今迄気が付かずに居たんですね。
「あのね、今から新幹線で松舞に向うから・・・雲山に着くのが、夜7時位かな。駅まで迎えに来れる?」
「お前が、俺を頼るなんて珍しいな・・・7時だな、迎えに行くよ。ちゃんと土産は有るんだろうな。」
「ちゃんと、買ってあるって、お父さん」
今までならカツンと来ていたセリフも、今はそれがお父さん流のコミュニケーションなんだって、素直に聞く事が出来る。
だって、16歳のモリヒデ君は、そうやってお母さんを射止めたんですからね(笑)



珍しくモリヒデの奴が緊張しています。
モリヒデの目の前に、抹茶と田舎饅頭を置く。
「ちょ・・・頂戴致します。」
抹茶茶碗を回してから、静かに口を付ける・・・
一応、御手前は心得ているみたいですね。
「どう?お味の方は・・・」
「抹茶って、苦いだけだと思っていたけど、甘い物を食べて、その甘みを口に残したまま、静かに飲むと結構美味しいもんだな。」
「でしょう、私が、気持ちを込めて建てたお茶何だからね。」
「良かったぜ、憎しみが籠ってなくて」
「あっ、酷い・・・2杯目は思いっきり憎しみを籠めて建ててやるんだから・・・」
【まぁまぁ、お二人とも喧嘩なさらずに・・・『何とかは犬も食わない』って、言いますよ】
二人で、辺りをきょろきょろ見回す。
「ヒグラシも聞こえた、女の人の声?」
「うん、朝から何回か・・・気味の悪い感じじゃないんだけどね、疲れてるのかな私たち・・・」



ブブブ、ブブブ、ブブブ
不意に携帯のバイブが動き出した。
携帯を開くと、お母さんからのメールだった。
「小夜ちゃん、今、新幹線の中かな? お父さんから聞いたわよ、今、こっちに向かっているんだって。お父さんが『小夜が帰ってくる』って、凄く嬉しそうです、だって2年振りだもんね、お父さんに会うの。夕ご飯準備しておくから、気を付けて帰ってらっしゃいね。」
大騒ぎしているお父さんの姿が、目に浮かびます。
「お母さんの手料理楽しみにしてるからね」そう、短く返信を打ち、携帯を閉じる。
携帯電話をセカンドバッグにしまう時、バッグの中の一枚の写真に目が止まった。
・・・抜ける様な青空をバックに、楽しそうにほほ笑む、私と16歳のモリヒデ君・・・
「もう少し、一緒に過ごしたかったなぁ」
トンネルに入り、車内に走行音が響き渡る。
窓の外に目をやると、そこには吸い込まれそうな暗闇が広がっていた。



「おっ、これこれ。おれが撮影会で写した写真。」
「へぇ、大胆な構図で、意外といい感じじゃん」
「だろ、ファインダーを覗いた瞬間ピピッと来たんだ。」
写真について熱く語るモリヒデは、いつも以上に子供の表情をしている。
でも、そんなモリヒデが大好きです。
そんな事を思いながら、隣の写真に視線を移す・・・
青空の下、笑顔でほほ笑むモリヒデの写真が有った。
私以外の人にも、こんな表情をするんだって思ったら、少し妬けてきた。
「ねぇ、これモリヒデがモデルじゃない?」
「あっ、本当だ。誰だよ、こんな写真撮った奴は! しかも、何だよこの構図は、俺が真ん中でも端っこでもない中途半端な位置に写ってるし。もう少し右側に、そうだな~ちょうど一人分ずらせばいい写真になるけどな」
「モデルが悪いんじゃない?」
「お前なぁ~」
確かに、モリヒデの右側に誰かが笑顔で笑っていたら、すごく素敵な写真になったと思う。
でも、その笑顔の誰かは、私では無い別の誰かと言う気がしていた。



山陰人が待ちに待っていた山陰新幹線が開通して数年が経ちました。
東京から雲山まで、4時間半で帰れる様になったんですよ。
「ただいま、お父さん」駅の改札を抜け、お父さんにお辞儀をする。
「おう小夜、色々と長旅お疲れだったな。ほら、スーツケース持ってやるよ」
ひょいっと、スーツケースを持ち上げる。
この優しい心遣いは、お母さん仕込みなんだろうなぁ・・・
トランクに、スーツケースをしまい、車に乗り込む。
「あれ? 車替えたんだ。」
「あぁ、あちこちガタが来てたし、お前が居なくなったから、大きな車にする必要は無くなったしな。」
「そっか…。ありがとう、お父さん・・・迎えに来てくれて。」
「なんだか、いつもの小夜と違うなぁ・・・向こうの時空で何か有ったのか?」
「ううん、楽しかったよ32年前の松舞。16歳のお父さんもお母さんは、肌がピチピチしていたし。芦川のおじさんとおばさんにも会ったわよ。後、ひいおじいちゃんにも・・・千華屋の田舎饅頭って昔から、変わって無いんだね。」
「あぁ、創業以来頑固に手作りに拘っているからな。16歳かぁ・・・ちょうど、佳奈絵と知り合った年だな。颯太おじさんと朝葉おばさんも、それ以来付き合っているんだぞ。」
「うわ~、大恋愛で結婚したんだ、朝葉おばさん達・・・お父さん達はどうだったの?ねぇ、知り合った頃の話をもっと聞かせてよ。」
「馬鹿、照れ臭いだろ、そんな話・・・佳奈絵にでも聞きなさい。さぁ急いで帰らないと、佳奈絵に怒られるぞ、お前の大好きなオムライス作るって言ってたからな」
照れ臭そうに笑う父の笑顔は、16歳のモリヒデ君のままだった。



「よ~し、片付けも終わったな・・・みんなお疲れ様~。じゃあ明日は、朝11時にカラオケ村に集合な。」
学園祭の片付けも終わり、クラスメイトに声をかけるモリヒデ。
大変だった学園祭の実行委員も、もう終わりです。
でも、実行委員会をモリヒデと二人でやってなかったら、モリヒデの事を知らないまま過ごしていたのかもしれません。
「じゃあ、モリヒデ帰ろうか」
今日は学園祭の片づけで遅くなるし、明日は朝から松舞のカラオケ村で打ち上げだから、モリヒデは今夜、うちの隣の201号室に泊まる事になってます。
「あ~腹減った・・・」
「そうね、午後は結構ドタバタしたからね。そうだ、今夜はオムライス作るね、昨日朝ちゃんに美味しいオムライスの作り方を聞いたんだ。」
「つまり、俺は試食係って訳だな・・・いいぞ、覚悟は出来てるから。」
「なによ、覚悟って・・・」
「ははは、嘘だって。お前の手料理大好きだぞ。」
「ふ~ん、じゃあ私の事は?」
馬鹿、このタイミングでそんな事を聞くか? でも、ちゃんとヒグラシに気持ちを伝えておかなければ、ヒグラシがどこかに行ってしまう様な気持ちに襲われた。
「・・・ヒグラシの事、大好きだ。一番大好きだ」
【前から聞いてみたかったんですけど、金田さんとモリヒデさんって、どっちが先に告白したんですか?】
俺の方だったみたいだ・・・

思いがけないモリヒデの言葉に、頭の中が真っ白になる・・・
【意地を張らずに、自分の気持ちに素直になって下さい、金田さん。】
そうよね、今、自分の気持ちに素直にならなきゃ、一生後悔しちゃうわよね。
「私もだよモリヒデ。この世で一番モリヒデの事が大好きだよ。」



うん、やっぱりお母さんの作るオムライスは最高ですね。
私に、お母さんとまったく同じオムライスを作る事は、まだ出来ません
それはきっと、作ってあげたくなる相手が居ないからなんでしょうね。
16歳のモリヒデとヒグラシを見ていたら、私も恋がしたくなりました。
今まで、勉強一筋だったんですが、今からでもきっと間に合いますよね、16歳みたいなピュアな恋愛は出来ないとしても、素敵な恋はまだまだ出来ますよね。
そして、いつかは私も結婚して、子供が生まれ・・・
子供に、胸を張って二人の恋愛話が出来る様な、母親になりたいですね。



くりむぞんから・・・
足かけ、3年以上かけて、松舞ラブストーリーserenade編を書き上げました。
ベースとなるネタは、前半執筆中に固まってたんですけど、色々と個人的な事情が有って、中断してました。
今回、serenade編を書き終えて、大仕事を一つやり終えた気分です。
引き続き、ショートショート編も、宜しくお願い致しますね。
因みにこのストーリーを思いついた切っ掛けは、分かる人には分かると思いますが、マイケル・J・フォクスの「バック・トウ・ザ・フューチャー」です。



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