松舞ラブストーリー

山陰の仮想の町松舞町を舞台にした、様々な恋愛を見守ってやって下さいね

2010年12月

「いらっしゃいませ~いらっしゃいませ~」「ついに出ました、新製品の‥‥‥」
僕は、サンタクロースの格好をして、アルバイトの女の子と一緒に、声を張り上げて呼び込みをしていた。
12月に入り、一つのプロジェクトを任される様になり、プロジェクトリーダーとして忙しい日々が続いています。
詩音の方はと言うと、引き続き就職活動しており、それに加えて卒業制作も始まったそうで色々と忙しいみたいで、メールすら交わせない日々が続いています。
でも、ちょっぴり仕事が面白くなってきて、少しだけ充実した日々を送っていたりする。
こんばんわ、ご主人様28号こと村下隆文です。
―――――――――12月24日(金)―――――――――
街行く人々は、クリスマスイブが忙しいのだろう、僕らの呼び込みに気を止める様子も無く、足早に通り過ぎて行く。
辺りは暗くなり始め、クリスマスイルミネーションが今年最後の輝きを見せ始め、遠くから、6時を告げる金の音が聞こえてきた。
空を見上げると、雪が舞い始めている。
「ラス~ト クリスマス ソふふ ふんふん‥‥‥」
ワムの「ラスト クリスマス」を口ずさんでみるが、サビの出だし以外は歌詞を知らない。
そんな自分がおかしくて、少し笑ってしまった。

「お~い。一応目標数はクリアしてるし、今日はもう終わりにしようか。

バイトの女の子に声を掛ける。
「でも、バイトは7時までの契約ですよ」
「ゆっくり片付けてたら時間なんてすぐ経つさ、それにクリスマスイブなんだから予定が有るんだろ。さっさと片付けて上がっていいよ、ちゃんとバイトは7時までで報告上げとくからさ。」
「マジですか?ありがとうございま~す♪ あっ、でも実は予定が入っているのは、村下さんの方じゃないんですか?」彼女は慣れた手付きで、荷物を片付けていく。
「俺? 俺はフリーだぞ。ひょっとして俺のシングルベルに付き合ってくれるんか?」
「う~ん、今日は先約が有りますから遠慮しておきます。今度、金欠の時に誘ってくださいよ。」
「馬鹿、俺だって毎月金欠なんだから。ほら、その荷物詰め込んだら終わっていいぞ」
「ありがとうございます、じゃあお先に失礼致しま~す」


「さて、一服してから車に詰め込むかぁ」冷めてしまった飲みかけの缶コーヒーを飲み干し、広場の向かい側の公園の喫煙コーナーへと歩き始める。
腕を組み楽しそうに歩くカップル、大きなプレゼントボックスにはしゃぐ子供達、クリスマスケーキの箱を手に家路を急ぐサラリーマン。
街中からクリスマスソングが流れ、世の中全体がクリスマス気分で浮かれている。
こっちは、詩音との予定が有る訳でもなく、直帰してコンビニ弁当で夕飯済ませたら、ビール片手に今日の報告書を課長にメール送信して眠るだけ。
金曜日の夜、増してやクリスマスイブだと言うのに、合コンやパーテ
ィーのお誘いもなく同僚との飲み会の予定すらない。
「何で、こうなんだろうなぁ」つい愚痴ってしまう。
詩音との生活を夢見て就いた仕事なのに、実際にはその仕事が二人の距離を遠ざけている。
詩音もなかなか就職が決まらず、毎日ドタバタしているので、大なり小なり衝突してしまう事が増えた。
時期的な一過性の物とは分かっているけどが、それでもやっぱり滅入ってしまう。


公園の手前で、子供の手を引くお母さんとすれ違った。
「ママぁ、サンタクロースさんだぁ」
「ほんとだね‥‥‥あれ?‥‥村下君?」
その声は‥‥‥
忘れもしないさっちゃんの声だった。
「山瀬さん? うわっ偶然。確かこの前会ったのも暮れだったよね、娘ちゃんも大きくなったな。

「そうそう大晦日の新玉線の中だったね。優はね、もうすぐで3歳になるんよ。でもどうしたん?こんな所でそんな格好して

「仕事だよ仕事。新商品の販促プロジェクトを任されたんだよ。」
「そっか、凄いじゃないの。んで、どんな仕事してるの?」
「これだよこれ。それと‥‥‥はい、これは優ちゃんにクリスマスプレゼント

僕は新製品のパンフと、景品のマスコット人形詰め合わせセットを渡す。
「あっ、これ知ってる。へぇ~村下君、ここに勤めてるんだ。」
「まぁ、まだまだ下っぱだけどね。 ところで山瀬さん、こんな所でどうしたんよ?」
「こんな所って、ここは思いっきり地元だよ、覚えてないさいたま市に住んでるって言ったの?」
‥‥‥そう言えば、去年会った時にそんな事聞いた様な気がした
「そうかそうか、そう言えばそんな事言ってたね。じゃあ今日はクリスマスのお買い物?」
「そう、今からスーパーに行くところ、今夜は優と二人でクリスマスパーティーなんだ。 村下君、彼女さん元気?詩音さんだったっけ?」
「あぁ、元気だと思うよ」
「思うよって、うまく行ってないの?」
「いや、別れた訳じゃないんだけど、お互い忙しくって、ここん所会ってないんだよな」
「ダメじゃん、村下君には幸せになってもらわないと、松舞駅でサヨナラした意味がないじゃないのよ」
「そう言うなよな。俺だって頑張ってんだから。」
「ごめんごめん、責めるつもりはないんよ。 私だって、意中の人は居るけど、相変わらずシングルなんだしさ。」
「なんだお互い様じゃんか(笑) お互いなかなか、上手くいかないもんだな。」
「そんなもんじゃないのかな。でもそれなりに幸せだよ私。」
「そりゃ俺だって一緒さ。今はそれなりに充実した日々を送ってるぞ」
どうしてなんでしょうね、山瀬さんの前ではついつい意地を張っちゃってます。
「また~無理しちゃって」クスッと笑う山瀬さん。

僕の気持ちを見透かされてますね。
「お互い相変わらず意地っ張りだよね。あの時と同じだね。」
さっちゃんは、空を見上げながらそう呟いた。
「そうだな、成長いる様な気がするだけで、本質は何も変わってないかもしれないな」
「変わった点は、私には優が居て、村下君には別の彼女居る事だね」
「そう言われると、ちょっぴり切ないよな。」
「あらっ、だってもう私の事なんて忘れてたんじゃないの?たっくん」
「そんな事ないよ、さっちゃん。さっちゃんは、いつまでも俺の大事な人だから」
「ちょっと、そんな事言ったら詩音さんに失礼でしょ。デリカシーの無い所もあの頃のままなんだからぁ、たっくんは」
「確かに詩音の事は大好きだ。将来の事だって真剣に考えてる。でも‥‥‥」この先の言葉を言ってしまったら、僕はまた自分が苦しむ様な気がして怖かった。
「でも、何?」さっちゃんが、少し目を潤ませながら僕を見つめる

「いや、何でもない‥‥‥冷えてきたな、こりゃ本格的なホワイトクリスマスになりそうだね。
僕は空を見上げる。
「そうね」山瀬さんも空を見上げる。
「ママぁ、お腹すいたぁ」優ちゃんが山瀬さんにすがりついて来た。
「あっゴメンね優ちゃん。ママを引き留めちゃって。早く帰ってクリスマスケーキ食べなきゃね」僕は屈み込んで、優ちゃんに話し掛ける。
「うん。サンタさんも一緒に食べる?」
思わず山瀬さんの顔を見上げる。
彼女は困った様な、でも少しだけ嬉しそうな顔をしていた。

その笑顔の意味は、聞くまでもなく分かった様な気がする。
もし、ここで「一緒に食べる」って言ってしまえば、僕達の距離が以前の様に縮まるだろう。
でもそれを言う事によって、二人の3年間が無駄になってしまう。
別々の道を歩むと決めて、過ごしてきた3年間が。
お互いに思う人が居る今、二人で過ごす日々は意味の無い物に思えた。
それよりも、また破局を迎えるのが怖かった。
折角の素敵な思いでの一日が、壊れるのが怖かった。
やっぱりあの日の約束を貫こう。
こんな時まで意地を張る必要は無いのかも知れない。
でも、この日の為に意地を張って今まで生きて来たのかも知れない。


「ゴメンね優ちゃん、サンタさんはこれからまだ沢山のお友達にプレゼントを配らなくちゃあいけないからね。ママと、サンタさんの分まで沢山ケーキを食べちゃってくれるかな?」
「うん」優ちゃんはコクリと頷いた。
「来年は、サンタクロースがケーキを食べに行くかも知れないから、それまで良い子にしておくんだよ」そう言いながら軽く頭を撫でてみた。
‥‥‥そう、僕じゃなくて別のサンタクロースが、ママと優ちゃんの元に現れる事を願ってるからね。

「じゃあ山瀬さん、俺、荷物の積み込みが有るから‥‥」
「うん、引き留めちゃってゴメンね村下君」
「俺こそゴメン。さっちゃんにもサンタクロースがプレゼント持ってくると良いな」
「ふふふ、そうだね。たっくんにもね。じゃあ、元気でね村下君」
「おう、山瀬さんもな。風邪ひくなよ。」
僕は、公園の向こうの駐車場に向かって歩き始めた。
プレゼントかぁ‥‥‥
僕は、十分なプレゼントを貰えた気がしていた。
クリスマスイブの夜に、「たっくん」「さっちゃん」と呼び合い、一瞬でもあの日に戻れた事が何よりのプレゼントだったと思う。


「‥っくん」
その声に振り返る。
さっちゃんが、優ちゃんを抱きかかえながら大きく手を振っていた。
「さっちゃん」
僕も大きく手を振り返す。
彼女は小さく頷いた後、後ろを向き歩き始めた。
僕も前を向き、少し大股で歩き始めた。
近くの店から、ワムの「ラスト クリスマス」が聞こえてきた。
「洒落になってねえなぁ」僕は少し微笑み、空を見上げる。
街明かりに照らされ、雪達が静かに舞っていた。



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「鶏肉買った。牛肉買った。ブロッコリーと、ロールケーキも買った。生クリームにドレッシングもOK‥‥‥あっ、粒コショウも買っておかなくっちゃ‥‥ってサンモールに、そんな材料置いてあったかなぁ?」
う~っ、ちょっと買い過ぎたかも‥‥こんな事になると分かってたら、昨日お母さんに車で連れて来てもらったのに。
大きなビニール袋を二つも抱え、列車に乗り込む女子高生なんて、他にはいないですよね普通(^_^;)
「暑ぅ~」
鶏肉や牛肉の詰まったビニール袋に、頭を埋めながら電車に揺られる‥‥‥あ~っ、ひんやりして気持ちが良いです♪
こんにちわ、楓です。
―――――――――12月24日(金)―――――――――
今日は、2学期の終業式でした。
終業のチャイムと同時に教室を駆け出し、サンモールに向かいました。
今年最後のブラバンも、今日ばっかりはフケちゃいます。
何たって、私はこれからクリスマスパーティーの料理作りで、大変なんですから。

‥‥‥事の発端は、今朝の通学列車の中で健吾が言った、何気ないひと言でした。
「なぁ楓、ヒデ兄は佳奈絵さんの手料理で、クリスマスパーティーなんだろ? いいなぁ~佳奈絵さんの手料理‥‥‥旨いんだろうなぁ~」
「‥‥‥ちょっとぉ、手料理手料理ってうるさいわねぇ。私だって、それ位作れるわよぉ。その為に毎朝、早起きしてお弁当作ってるんだから」‥‥‥冷凍食品が多いけどね。
正直言うと、健吾がうらやましがる様な手料理を作る、佳奈絵さんに嫉妬していたんですけどね。
もちろん佳奈絵さんの事が嫌いな訳じゃないんですよ、佳奈絵さんは明るくて優しいし料理も上手で、正直言ってお兄ちゃんの彼女にしておくのはもったいない、私が彼女にしたい位です‥‥‥そう言う趣味は有りませんが (^_^;)ゞ
私もそう言う女性になりたい、健吾が自慢したくなる様な女の子になりたい。
そんな気持ちを、健吾が逆なでしてしまったんですよね。
だから今回は佳奈絵さんの手を借りず、一人でクリスマス料理を作ります‥‥‥作ると言うより、チャレンジって言うんでしょうよね、この場合。
とりあえず、料理が得意な日向さんにメールして、色々とメニューや作り方を教わりました。
絶対に健吾が驚く様な料理を作るんだから!

‥‥‥「おっ、すげぇじゃん。これ全部楓が作ったんか?」
健吾が嬉しそうにテーブルの上を見渡す。私がその横で、自慢げに料理の説明をする。
コーラで乾杯した後、健吾は思いっきりローストチキンにかぶりつく。
「おっ、旨い‥‥‥こっちのローストビーフもつまんでいいか、楓?」
「うん、ローストビーフはこっちの特製ソース付けてね」
私の返事を聞くか聞かないかのうちに、健吾はローストビーフをムシャムシャと食べ始める。
「健吾、ちゃんと噛んで食べなさいよ。あ~っこらこらぁ、お肉ばっかりじゃなくて野菜もちゃんと食べなきゃあ!」
「お~このサラダ、緑に赤に白でまさしくクリスマスって感じだな。」

夕ご飯の後、TVを見てひと休憩したら今度はデザートです。
「お~っ、すげぇ。これも手作り? 店で買って来たんじゃないだろな?」
「正真証明、私の手作りだって。ロールケーキにデコレーションしただけだから簡単なんだよ。来年は一緒に作ろうね健吾」
「おぅ、任せとけ。じゃあロウソク点して電灯消すぞ」

ロウソクの明かりに照らされた健吾を見つめる。
健吾も私を見つめてる
そっと目をつむると健吾が優しく唇を‥‥‥
おっとイケナイ方向に暴走しちゃうところでした((+_+))


気分転換に、日向さんが仕事の合間に送ってくれたレシピメールを、読み直してみる‥‥‥何事もイメージトレーニングが大事ですからね♪
「ローストチキンは、鶏もも肉をたれに漬けてから焼き上げる‥‥鶏もも肉‥‥鶏もも肉‥‥?!」
買い物袋の中をもう一度ガサゴソとチェックする。
「‥‥‥!! あっ、やっぱり私、値段が安いからって鶏むね肉買ってる(>_<)

まぁ同じ鶏肉だから、大きな影響は無いと思いますが‥‥
「サラダは、ブロッコリーと赤いパプリカを‥‥‥」
パプリカが売り切れだったんですよね、だからパプリカは抜きで作ります。
う~っ、だんだんちゃんと作れるか不安になって来ました。
でも、健吾には今夜二人でクリスマスパーティーやるって、宣言しちゃいましたから、今更ドタキャンは出来ないし。


家に帰ってみると、両親の置き手紙が玄関に有りました。
「婦人会が道の駅で販売する、お正月飾りの製作に出かけてくるから、夕ご飯は自分で作ってね。その後、忘年会も有るから帰りは遅くなります。
追伸 本田のおばさんが『健吾君の夕ご飯もお願いします』だそうです。任せたわよ

‥‥‥って、手伝ってもらう事が出来ないじゃん、ちょっぴり助け船を期待していたのに。

「仕方ないな‥‥‥さてと何から作ろうかなぁ。やっぱり一番簡単なサラダからかなぁ‥‥‥それとも手のかかるローストチキンかなぁ?」
メニューが多すぎて、作る前から混乱しちゃってます。
「‥‥‥そうよ、ローストチキンは漬け込まなくっちゃあいけないんだから、先ずはローストチキンよね」
携帯を開きメールを読み直す。
「え~っと、ローストチキンのたれは、しょうゆが大さじ3に、お酒が大さじ2‥‥‥そう言えばお父さんのお酒残っていたかなぁ?」
ゴソゴソと収納棚をチェックしてみる。
‥‥‥有った有りました。
特選純米大吟醸って書いて有るから、いいお酒なのかも知れませんが‥‥‥まぁ可愛い娘の窮地を救うって事で、許してくれるでしょう。

「んで30分、寝かすのね‥‥‥じゃあその間に、ケーキを作って冷蔵庫にしまっておこうかな」
ちらっと時計を見るともう2時半です、そろそろペースを上げなくっちゃあ間に合わなくなっちゃいますね。

クリスマスケーキは、簡単に出来る、ロールケーキをベースにしたブッシュ・ド・ノエルを、教えてもらって正解でしたね。
「ロールケーキに生クリームを塗って行けば良いんだよね。え~っと、生クリームに砂糖、ココアパウダーっと」
カシャカシャと軽快に生クリームを泡立てていく‥‥‥これが結構な重労働なんですよね、来年は健吾にマジで手伝わせようかなあ。
ココア色の生クリームをロールケーキに丁寧に塗って行く。
「‥‥‥フォークで年輪と幹の雰囲気を作るのね」
携帯をにらめっこしながらの作業だからナカナカはかどりません(・_・;)
「続いて白い生クリームで積もった雪の感じを作る‥‥‥あれ?絞り器のノズルって袋の中に入れるんだっけ? 外に付けるんだっけ? まぁ良いかぁ、そこで悩んでいる時間は無いし、適当にやっちゃぇ」
袋に生クリームを入れてノズルを外側に取り付ける。
‥‥‥落ち着いて考えれば簡単な事なんですよね。
ブヂュ~
勢い良く絞った袋から、大量の生クリームと共にノズルが噴き出した。
「ぎゃぁあ」
雪と言うよりは、白いペンキをぶちまけたみたいになっちゃいました。
今更、作り直そうにも材料が有りませんし、まだチキンと牛肉を焼いて特製サラダも作らなきゃいけません。
まぁ、これはこれで良しとしましょう(^_^;)ゞ

時計はもう4時前です。
健吾が来るのは6時だから、あと2時間しか有りません。
「じゃあ、次はローストチキンね。え~っとオーブンを200度にセットして2時間焼く‥‥‥2時間って、ローストビーフを焼く時間無いじゃん。しっかりメールを読んでおけば良かった。仕方ない薄い肉だし、フライパンでひっくり返しながら焼けば何とかなるわよね、きっと」
フライパンを強火で熱し、チキンを放り込む。

「あっ、ケーキを冷蔵庫に入れておかなくっちゃ」
テーブルの上に置きっ放しだったケーキを、まな板からそっと外し紙皿の上にゆっくりと乗せる。
ここで失敗したら、今までの苦労が水の泡ですからね。
「OK OK んで、これを冷蔵庫にっと‥‥‥冷蔵庫に空きスペースが有ったかな?」
そう思い振り返った瞬間、手が紙皿に当たってしまい、勢いでケーキがひっくり返る。
「えっ!?」一瞬何が起きたのか理解できませんでした。
「あ~っ嘘~」急いでケーキを拾い上げる。
折角丁寧に塗った生クリームが、床にべっとりと付いています。
キッチンペーパーで、床に付いた生クリームを拭きながら、思わずため息をついてしまいました。

「何で私って、いつもドジをしちゃうんだろう‥‥‥ん?」
香ばしいっと言うより、ちょっぴり焦げた香りが漂ってきました。
「あっ!」ケーキ落下事件ですっかり頭から飛んで行ってましたけど、ローストチキン焼いている最中でした
急いでコンロからフライパンを外す。
お肉の方は、ちょっぴり焦げていますが何とか大丈夫みたいです。
お肉をひっくり返しもう一度コンロにフライパンをかける。

サラダ用のブロッコリーを切り分けていたら、どんどん悲しくなってきました。
きっと佳奈絵さんなら、卒無く料理をこなすんでしょうね。
私なんか、ケーキはひっくり返すわ、チキンは焦げちゃうわで、まともな料理が一つも出来ていません。
健吾が自慢したくなる様な彼女なんて、私には無理なのかも知れません。

「あっ、チキンが、また焦げちゃう」
危なかったです、二度も焦がしちゃうところでした。
「熱っ」焦ってフライパンの縁に指が触れてしまいました。
つくづく自分の手際の悪さを感じます。
「あ~良かった焦げてない♪ ちょうど良い焼き色だ。」どうやら、やっとで一つまともな料理が出来上がったみたいです。
焼き上がったローストチキンをまな板に乗せてみる。
漬け汁が多かったのか、ベチャベチャになってます。
ひと口大にスライスして味見をしてみると、回りはベチャっとしているのに、中のお肉は水分が飛んじゃってパサパサです。


「何これ?美味しくない‥‥‥」
思わず涙がこぼれてきた。
頑張ってきた事が無駄になってしまい悔しいのと、もう時間が残っていない焦り、何よりこんな料理を見て健吾にがっかりする顔が怖くて、ポロポロと涙が止まりません。




「楓ちゃん居る?」
勝手口から佳奈絵さんが顔を覗かせました。
「あれっ、楓ちゃんどうしたの?大丈夫?どこか具合が悪いの?」
「ごめんなさい、大丈夫です。それより、どうしたんですか佳奈絵さん?」
「うん、日向さんに楓ちゃん宛のプレゼントを預かって来たの。どうしても、今日の夕方までに渡してくれって言われるから、おばあちゃんの車借りて上がって来ちゃった。本当に大丈夫?」
‥‥‥日向さん、私の事を心配してくれていたんですね
また涙が流れてきた。
「どうしたのよぉ楓ちゃん」佳奈絵さんが心配そうに覗き込んで来る。
私は、事の次第を全て佳奈絵さんに話ました。
「なるほどね。‥‥‥よし、私がアドバイスするから、今から頑張ってクリスマス料理作ろう楓ちゃん。」
「でも、時間も無いしチキンやケーキはこんな状態ですよ。」
「後1時間半でしょ、メニューを少し変更して電子レンジを活用すれば大丈夫だって。ほら‥‥‥先ずは冷めても大丈夫なローストビーフからよ。フライパン熱しておくから、お肉にニンニク塗って塩コショウ振っておいて。」
言われるがままに、おろしニンニクを牛肉の表面に擦り込み、塩とコショウを振る。
「‥‥‥はい、下ごしらえ終わりました佳奈絵さん」
「OK じゃあ、お肉をフライパンに入れて、全体にまんべんなく焦げ目を付けて。中まで火を通さなくて良いからね、肉汁が逃げない様にシールするのが目的だから。」
確かにそれなら短時間で済みますが、どうやってお肉の中に火を通すんでしょう???
「表面焼けた? じゃあ、お皿に入れてラップをかけて、電子レンジに入れて。時間はそうねぇ‥‥‥5分位で様子見ようか」
電子レンジかぁ。考えてもいなかったアイディアですね。
「これなら簡単でしょ。この方法はね、お母さんに教わったの。実は私も、高校入るまで料理苦手だったんだよね。松舞に来て、お母さんが働く様になってから、色々と覚えたのよ。‥‥‥さてっと、このケーキはどうしようかなぁ~‥‥‥そうだ、朝ちゃんと昔バレンタイン用に作った、トルテにしちゃおうか。楓ちゃん、表面の生クリームを一度剥がして、別のお皿に移しちゃって」
どうするんでしょう、もう一度塗り直そうにも生クリームの量が少ないんですけど。‥‥‥それにトルテなんて難しそうで、絶対に間に合いそうもありません。
「生クリーム少ないから、牛乳とバニラエッセンスで何とかしなくっちゃね」
佳奈絵さんは余裕で鼻歌なんか歌っちゃってます。
「このケーキは、『安い材料で済むし、火を使わないから簡単だよ』って、高校の時に日向さんに教わったんだ。日向さんや朝ちゃんには、料理に関しても随分助けてもらったんよ。・・・・・実はね、今日は日向さんに楓ちゃんの様子を見て来てって頼まれたんだ。日向さんは、私の失敗をイヤって言うほど見て、知ってるからね(笑)

ううう、日向さんや佳奈絵さんったら、本当に優しいんだから。
「佳奈絵さん、生クリーム取り除きましたけど・・・次は何をすれば良いんですか?」
「そうしたら、ロールケーキを粉々に潰しちゃって♪ そうそう、ストレス発散のつもりで良いから(笑)  ところで、小麦粉まだ有るわよね?」
佳奈絵さんは流しの下をゴソゴソと探し始める。
私は、言われるがままに、ロールケーキを粉々に砕いていく・・・確かにストレス発散になるわぁ♪
「そうしたらココアパウダーを入れてから、茶色い部分の生クリームと、少しづつ牛乳を加えてみて・・・本当は、ホイップ前の生クリームだけを加えるんだけど、今回は牛乳で誤魔化しちゃうからね。あっそれ位かな? まとまる程度で良いからね、そうしたら掌で粘土細工をする様にお団子を作って。」
ケーキを捏ねながら、佳奈絵さんが玄関で無く、勝手口から入って来た事を思い出し、不思議になった。
「そう言えば佳奈絵さん、今日はどうして、玄関じゃなくて勝手口から来たんですか?」
「んッ? 玄関に車止めちゃうと、誰かが手伝いに来たのかなって、健吾君に思われちゃうでしょ。だから、空き地に車止めて、歩いて来たの。

「うわっ、わざわざそんな気を遣ってもらって、ごめんなさい佳奈絵さん」
「良いって良いって。勝手に私が押し掛けたんだから。あっ、ローストビーフがもう少しみたいだったから、あと3分温めてあるからね。」
「はい、ありがとうございます。でも佳奈絵さんが料理苦手だったって意外ですね。」
「そう? モリヒデには随分と言われたんだから。あいつって、料理下手なくせに妙に味に拘るわよね。

「あっ、そう言えばそうかも・・・って言うか、ごめんなさい。お兄ちゃんって、口が悪いから・・・」
「楓ちゃんが謝る事無いって。 まぁ、モリヒデに言われても仕方ない様な料理、確かに出しちゃった事が有るからね。」
「へぇ~、どんな料理出しちゃったんですか?」
「一番笑えたのは、ハバネロのサラダかなぁ」
「ハバネロって、あの辛い奴?」
「そうよ(笑) 青いハバネロってさ、見た目は萎んだピーマンみたいな形なのよね。健太が近くの畑から、黙って採ってきたハバネロをくたびれたピーマンと勘違いしてね、もったいないからって輪切りにして水にさらしてサラダに入れちゃったの」
「んで、どうでした?」
「うん、ハバネロを摘まむまでは、買ってきたフレンチドレッシングがスパイシーなんだと思って我慢して食べてたんだけど、ハバネロを口に含んだ途端、口一杯にしびれる様な辛さが広がって、舌なんか火傷したみたいにピリピリしちゃって最悪だったわよ。水飲んでも、全然効かないの。モリヒデなんかポロポロ涙流すし。」
「マジっすか?」
「うん。でも、こっちも笑うと、口の中の空気の流れで舌がまたピリピリしちゃうから、笑いを堪えるのが苦しかったわぁ。‥‥‥あっ、お団子出来たわね、お皿に盛り付けておいて。その間に余った白い生クリームを、ビニール袋に入れてもう一度絞れる様にするから。」
「あっ、でも絞り器のノズル捨てちゃいましたよ。」
「ビニール袋の先っぽ切るのを細くすれば多分大丈夫じゃないかな? うんOKOK、ちゃんと絞れるわよ」
料理には機転も大事なんですね。でも、それって経験を積んだから出来るのであって、やっぱり私はまだまだ修業しなくちゃいけませんよね。
お皿の真ん中にチョコケーキを3つづづ乗せて、その周りを囲う様に生クリームを盛り付ける・・・私的にはまあまあの出来栄えです♪
それを冷蔵庫にしまい、佳奈絵さんに声をかける。

「OK、じゃあ次はローストチキンね。胸肉は元々パサパサしているから、揚げ物や炒め物に向いてるの。ちゃんと火が通っているし、しょうゆ味が付いているんだからかたくり粉や小麦粉付けて揚げれば、短時間で竜田揚げが出来るわよ。竜田揚げなら胸肉の方が美味しいし。ほらチキンをもう半分に切って小麦粉振って楓ちゃん、その間に油を熱しておくから」
私は言われるがままに、ローストチキンに小麦粉を振る。
「OKかな? 油も熱くなったよ。衣さえ揚がってしまえば良いから、揚げ過ぎない様に気を付けてね。」
揚げ物かぁ・・・正直、揚げ物って油が跳ねちゃうから苦手なんですよね。
でもでも怖がってちゃあ、先に進みませんよね(^_^;)
静かに、むね肉をフライパンの中に入れていく。ジュ~って音と共に、勢いよく湯気が立ち上り、香ばしいいい香りが辺りに立ち込める。
「あっ楓ちゃん、本当に衣が上がっていればOKだから、もう上げちゃっても大丈夫だよ。ほら、後30分よラストスパートかけるわよ。」
そう言うと佳奈絵さんは、冷蔵庫の中を覗き込んだ。
「弱ったなぁ・・・パプリカの代わりになりそうな赤い食べ物って、梅干し位よね・・・梅干し入れる?」
「梅干しですか? それはやっぱり勘弁かも・・・ドレッシングならともかく・・・あっ、梅ドレッシングってどうですか佳奈絵さん、確かお豆腐も残っていたから、それで雪って事にして」
「あっそれ面白そうね、じゃあ梅干しとお酢とだし汁ね、そっちの準備お願い。ブロッコリーとお豆腐は私が下ごしらえするからね。」
なんか急にやる気が出て来ました。自分のアイディアで作る料理って楽しいですね。
梅干しの種を取り除いて、細かく刻む・・・そこにだしと酢を加えて、砂糖と塩で味を調える。
「出来た~佳奈絵さん味見して貰えます? ちょっとあっさりし過ぎてる気がして。」
「どれどれ」そう言いながら佳奈絵さんがスプーンでドレッシングを掬い口にする。
「う~ん確かに油が入ってない分コクが無いけど、これはこれで良いんじゃない? いざとなったら、健吾君に『ノンオイルでヘルシーでしょ』って、言い聞かせれば良いのよ。自信を持ちなさい楓ちゃん、モリヒデだって随分そうやって教育してきたんだから(笑) ブロッコリー電子レンジで温め終わってるし、豆腐も水抜き終わってるわよ、後は和えるだけだね。」
「はい佳奈絵さん」
ガラスのボールにブロッコリーとお豆腐を入れてざっくりと木べらで和える、そしてそこに赤い特製梅ドレッシングをかけていく・・・・・完成です♪
「出来た~出来ました佳奈絵さん。ちゃんと時間に間に合いましたね。」
「もちろんよ、私が先生なんだから♪ さてっと、健吾君に見付からないうちに帰らなくっちゃ。

「あっ、佳奈絵さんすいませんでしたお忙しいのに。」
「全然平気よ、今度は一緒におせち料理挑戦しようね♪ じゃあね楓ちゃんメリークリスマス♪ そうそう、日向さんからのシャンメリー冷蔵庫に入れておいたからね

そう言うと佳奈絵さんは、そそくさと勝手口から出て行った。




出来上がった料理を冷蔵庫から出していたら、「うぉ~い楓、居るかぁ~」って、玄関から健吾の少し弾んだ声が聞こえてきた。
「うん健吾、今、料理運ぶから先にリビングに行ってて。」
「了解。おじゃましま~す・・・よいしょっと」
・・・?よいしょって?

リビングに料理を運んでみると、健吾は必死に部屋中を飾り付けていた。
「うわっ、どうしたん?こんなにデコレーションしてぇ」
「おる、折角だからな。部活早めに切り上げて雲山で買って来たんだ」
「え~、わざわざ雲山まで行って来たの?

「おう、折角お前とクリスマスパーティーするんだから、少し位は盛り上げないとな。

健吾にしては、気が利いてますね。


小さなキャンドルに火を点す
グラスに映り込んだロウソクの明りがゆらゆらと揺れ、シャンメリーの泡を映し出す。
「きれい・・・」
「そうだな、静かで良い感じの夜だな。じゃあ乾杯するか」
「うん」そう言いながら私は健吾とグラスを重ねる。
「そうだツリー買って来たんだった

そう言いながら、ポケットからゴソゴソと小さな箱を取り出した。
「・・・ツリーちっちゃくない?」そう言いながら、箱を開けると小さなツリーにシルバーアクセサリーがぶら下がっていた。
「メリークリスマス♪」健吾が照れくさそうに、そう呟く。
私ばっかりが大変なんじゃなくて、健吾は健吾で色々気を使って大変だったんですよね。
そんな健吾の優しさに改めて気がつきました。
「・・・・・・健吾」そう呟きながら、私は健吾にキスをする。
リビングには、静かな時間が流れている・・・

♪♪♪
いきなり健吾の携帯にメールが届き、私達は思わず飛び離れた。
「この着メロは・・・ヒデ兄からだ

・・・お兄ちゃんからですか!、相変わらず間合いが悪いですよね
「え~っと何々・・・『健吾、今夜は楓と過ごしてるみたいだな? お前の家が暗かったから、うちの玄関先にクリスマスプレゼント置いておいたぞ。楓にもヨロシク~(^.^)/~~~』だってさ・・・・・ってヒデ兄、ひょっとしたら見ちゃったんじゃないかぁ~楓?」
「え~ウソ~、マジで?」急いで玄関に出てみると、お兄ちゃんの車が走って行くのが見えた。
「・・・・・・ヒデ兄に見られちゃったかもな。」
「でも、その事はメールで触れてないから、分かんないよね。ねぇ何だろう、お兄ちゃんのプレゼントって?」そう言いながら私は足元のプレゼントの袋を開ける
「あっこれ、モンハンⅢだ、ラッキー♪」
「・・・ったく、あんた達は相変わらずゲームなのね(笑)・・・・・私には佳奈絵さんからだ、あっこのCDず~っと探してたんだ♪ きゃ~、ありがとうございます、佳奈絵さん」
一瞬、冷たい空気が頬をなでた。
空を見上げると、雪がちらつき始めている。
「あっ、健吾見て。雪だよ雪、ホワイトクリスマスになりそうだね、今夜は。」
「おっ、本当だ・・・ 楓?
私は健吾の腕にしがみついた。
「今夜が、今迄でいちばん最高のクリスマスイブだよ、健吾♪」
「馬鹿、照れるだろ・・・俺もだよ、楓」
私達はもう一度キスをした。

・・・玄関先にも関わらず(^^ゞ



松舞ラブストーリーアーカイブ
 
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