「あんら、け~。どこの新婚さんかと思ったら、健吾君と楓ちゃんかね。」
道路脇に止まった軽トラから、細木のおばさんが顔を覗かせ、そう話しかけた。
確かに、あれじゃあ初々しい農家の若夫婦って感じよね(笑)
こんにちは、佳奈絵です。
―――――――――5月1日(日)―――――――――
「そうだ。あんたら、明後日から何かすっかね? また、アルバイトせんかね?」
「はぁ?なして? 直売所、暇じゃないかね?」
楓ちゃんが畦を走りながら、細木さんに聞いてきた。
「そ~が、下の長田さんちに葬式が当たったそうだがね。そ~で、手が足らんやになって今朝からてんてこ舞いだわね。」
「そげかね~。さ、手子が要いわね。お~い健吾、直売所が忙しいんだって、あんたはゴールデンウィーク中、どうせ暇でしょ」
「『あんたは』って、どう言う意味だよ楓。お前だって、どうせ暇なんだろ。」
「ん? 何だってヒグラシ?」田植え機を回り込ませたモリヒデが尋ねて来た。
「直売所が忙しくなったけん、楓ちゃん達またバイトだって。」
「細木のおばさん、ええぇね忙すて。」そう言いながら、モリヒデは畦端に腰をおろし、クーラーボックスから麦茶を取り出した。
「しゃん事ないわね・・・そうだヒデちゃんも気を付けぇだよ。長田さんちの分家の若いす、交通事故で亡くなったらしけん。あんたも車運転すぅが、あんまスピード出すじゃないだよ」
「大丈夫だわね、オレは」
「しゃん事、言っちょうけん事故すうわね。分家の若いすは、あんたらと同い年くらいだすこだよ。知り合いじゃないかね?」
「う~ん、同級生に長田って居ないよなぁ、ヒグラシ」
「そげだね、二つ上に写真部の部長さんが居たけどね」そう言いながら、ふっと長田先輩と沢田先輩の顔が頭を過った。
「そげかね、まぁ気ぃ付けぇだよ。じゃあ、健吾君楓ちゃん頼んだけんね」
「分かったけんバイト代弾んでよ、細木のおばさん」
「そぉはまた考えとくけんね、健吾君」
そう言うと、細木さんの軽トラは颯爽と駈け出した。
モリヒデの家に戻り、楓ちゃんと昼食の準備をしている間も、長田先輩と沢田先輩の顔がチラついて落ち着かなかった。
長田先輩は、関西で会社員していて、沢田先輩は雲山でJAの窓口業務をしているって聞いている。
テーブルの上で携帯が鳴り出した。
モリヒデからだ・・・一瞬不安が過る
「もしもし、どうしたモリヒデ?」
「おうヒグラシ。さっきの事故の話だけど、気になったんで写真部だった奴等に電話かけまくったんだ。そうしたら、やっぱり亡くなったのは長田先輩だった。」
「うそっ」嫌な予感が的中してしまった。
「詳しくは判んないけど、夕方こっちに戻って通夜だって」
「じゃあ今夜、通夜に行こうかモリヒデ」
「そうだなヒグラシ。葬儀には参列出来ないかもしれないからな。」
「あんた礼服有ったっけ?」
「小村先輩に借りようかなって思ってる・・・まぁ、6月は小村先輩の結婚式だし、そろそろひと揃え持ってても良いかもな」
「そうね、小村さんダメでも、雄一叔父さんの礼服借りれるかもよ。私も帰ったら礼服準備しなくっちゃ。とりあえず、お昼前にはお弁当持ってそっちに行くわぁ」
携帯を切りテーブルの上に置くと、心配そうな楓ちゃんに気がついた。
「やっぱりさっきの長田さんって、モリヒデが1年の時の写真部の部長さんだったわ」
「うそ。だってまだ若いんでしょ、その人」
「まぁ事故なんだから、年齢なんて関係ないわよね。・・・さぁ、おにぎり握って田んぼに戻ろうか楓ちゃん」
「そうですね佳奈絵さん、遅くなるとあの二人が煩いですからね。」そう言うと、楓ちゃんは炊飯器の蓋を開け内釜を取り出した。
お互い無言のまま、おにぎりを握る。
高校1年生の頃が走馬灯の様に回り始めた。
長田先輩と話をしたのは、夏休みの合同合宿の時。
盆踊りの時も、浴衣姿の沢田先輩と、楽しそうに歩いていた。
心のどこかで、モリヒデと同じ様に過ごせたらって、思っていた気がする。
秋には、県の写真コンクールで金賞を取って、3年間の部活動に憂愁の美を飾る事ができたと、写真部美術部合同で祝賀会兼追コンをやった。
卒業式の後、泣いている沢田先輩を校舎の影で慰めていたのを見かけた。
確か、2年のお盆休み前日、差し入れを持って美術室にも顔を出してきた。
今年の正月、楽しそうに話をしながら雲山のマックに入る二人とすれ違った。
どれも些細な思い出ばかりだけど、今となってはその一つ一つに意味が有った様に思えてしまう。
「佳奈絵さん・・・佳奈絵さん? 大丈夫です?」
「えっ・・・あぁ、ゴメン楓ちゃん。亡くなった先輩の事考えてた。」
「どんな方だったんですか?長田さんって。」
「そうねぇ、優しくてカッコイイから結構女子から人気有ったわね。写真部と美術部が仲良いのは、長田先輩の代からって話だよ。モリヒデと親しくなった切欠の一つを、長田先輩と沢田先輩・・・長田先輩の彼女さんで私が一年の時の美術部の部長さんなんだけど、えっ?そう去年の部長のお姉さん、その二人がくれたんだよ。」
「へぇ~そうなんだ。うちの高校って文化部同士が仲良いですよね、ブラバンと写真部美術部の交流は、佳奈絵さん達からですよね確か。」
「そんな事も有ったわね・・・そうだ、朝ちゃんにもメールしておかなくっちゃ。楓ちゃん、お弁当持って出る準備任せちゃっていいかな?」
楓ちゃんがコクリと頷くのを確認して、テーブルの上の携帯に手を伸ばす。
短いメールを打ち、ひとつため息をつく。
人生なんてどうなるか分かんない物だけど、まさかこんな形で知り合いの人生が終わるなんて、思いもしなかった。
今、沢田先輩が辛い気持ちなのが手にとる様に分かる。
長田先輩の顔にモリヒデがシンクロする。
もしモリヒデの身に何か有ったら、私はどうするんだろう?
残りの一生、モリヒデ抜きでやっていけるんだろうか。
悔しいけど、私の人生にアイツは必要不可欠な存在になっていた。
「佳奈絵さん? 本当に大丈夫です?」
楓ちゃんが心配そうに覗き込んできた。
「んっ、ゴメンゴメン準備出来ちゃった?」
「それがお兄ちゃんと健吾、戻って来ちゃったんですよ。」
「ただいまヒグラシ~。あ~疲れた~」
「あっ、お疲れさまモリヒデ」
「疲れましたねヒデ兄。楓~冷蔵庫にコーラ入れといたの取ってくれよ。」
「健吾君もお疲れさま。戻って来るなんてどうしたの?」
「必死に頑張って、田植え終わらせてきましたよぉ・・・おっサンキュウ、楓」
健吾君が冷えたコーラを、喉を鳴らしながら飲み干した。
4人で縁側に坐りお弁当を頬張った。
「ちらっと聞いたけど、長田先輩と沢田先輩、今年の秋に結婚決まってたんだってさ・・・・・・切ないよなぁ」
モリヒデが静かに呟いた。
「そうなんだ。辛いだろうなぁ沢田先輩」
「だよなぁ・・・きっと、長田先輩も死に切れないだろうなぁ」
「ヒデ兄も佳奈絵さんも、運転気をつけて下さいよ」
「本当、気をつけてよねモリヒデ。あんたが居なくなったらなんて、考えたくもないからね。」
「ヒグラシだって通勤距離長いんだから、気をつけろよ。俺だってお前抜きの生活なんて考えられないからな。」
「うん、気をつけて運転するね」
4人とも無口になり、ヒバリの忙しげなさえずりだけが、辺りを支配した。
「・・・・・・あっ、ゴメンね楓ちゃん健吾君、湿っぽい話になっちゃって」
「おう、そうだな。・・・なんかヒグラシの奴、勘違いしてるみたいだし」
「勘違いって何?お兄ちゃん」
「いや、ヒグラシ居なくなったら、誰が洗濯してメシ作るんだよって話なんだけどさ。」
「うわっヒデ兄、このタイミングでそっちの心配ですか?」
みんなで顔を見合わせて笑った。
「どうせそんな話だろうと思ってたわよ、モリヒデ」
そうは言ったけど、モリヒデが本当に言いたかった事は、ちゃんと伝わってるからね、安心していいよモリヒデ。
松舞ラブストーリーアーカイブ
ショート・ショート編
モリヒデ・ヒグラシ編
颯太・朝葉編
洋介・日向編
幸一・真子・美結編
御主人様28号・詩音編
比呂十・美咲編
優ママ編
本田・楓編
android game編
ある高校生の夏休み編【完結】
(小夜曲)sérénade編【完結】
楓・青木先輩編【完結】
本田・沢田編【完結】
2009年収穫祭編【完結】
道路脇に止まった軽トラから、細木のおばさんが顔を覗かせ、そう話しかけた。
確かに、あれじゃあ初々しい農家の若夫婦って感じよね(笑)
こんにちは、佳奈絵です。
―――――――――5月1日(日)―――――――――
「そうだ。あんたら、明後日から何かすっかね? また、アルバイトせんかね?」
「はぁ?なして? 直売所、暇じゃないかね?」
楓ちゃんが畦を走りながら、細木さんに聞いてきた。
「そ~が、下の長田さんちに葬式が当たったそうだがね。そ~で、手が足らんやになって今朝からてんてこ舞いだわね。」
「そげかね~。さ、手子が要いわね。お~い健吾、直売所が忙しいんだって、あんたはゴールデンウィーク中、どうせ暇でしょ」
「『あんたは』って、どう言う意味だよ楓。お前だって、どうせ暇なんだろ。」
「ん? 何だってヒグラシ?」田植え機を回り込ませたモリヒデが尋ねて来た。
「直売所が忙しくなったけん、楓ちゃん達またバイトだって。」
「細木のおばさん、ええぇね忙すて。」そう言いながら、モリヒデは畦端に腰をおろし、クーラーボックスから麦茶を取り出した。
「しゃん事ないわね・・・そうだヒデちゃんも気を付けぇだよ。長田さんちの分家の若いす、交通事故で亡くなったらしけん。あんたも車運転すぅが、あんまスピード出すじゃないだよ」
「大丈夫だわね、オレは」
「しゃん事、言っちょうけん事故すうわね。分家の若いすは、あんたらと同い年くらいだすこだよ。知り合いじゃないかね?」
「う~ん、同級生に長田って居ないよなぁ、ヒグラシ」
「そげだね、二つ上に写真部の部長さんが居たけどね」そう言いながら、ふっと長田先輩と沢田先輩の顔が頭を過った。
「そげかね、まぁ気ぃ付けぇだよ。じゃあ、健吾君楓ちゃん頼んだけんね」
「分かったけんバイト代弾んでよ、細木のおばさん」
「そぉはまた考えとくけんね、健吾君」
そう言うと、細木さんの軽トラは颯爽と駈け出した。
モリヒデの家に戻り、楓ちゃんと昼食の準備をしている間も、長田先輩と沢田先輩の顔がチラついて落ち着かなかった。
長田先輩は、関西で会社員していて、沢田先輩は雲山でJAの窓口業務をしているって聞いている。
テーブルの上で携帯が鳴り出した。
モリヒデからだ・・・一瞬不安が過る
「もしもし、どうしたモリヒデ?」
「おうヒグラシ。さっきの事故の話だけど、気になったんで写真部だった奴等に電話かけまくったんだ。そうしたら、やっぱり亡くなったのは長田先輩だった。」
「うそっ」嫌な予感が的中してしまった。
「詳しくは判んないけど、夕方こっちに戻って通夜だって」
「じゃあ今夜、通夜に行こうかモリヒデ」
「そうだなヒグラシ。葬儀には参列出来ないかもしれないからな。」
「あんた礼服有ったっけ?」
「小村先輩に借りようかなって思ってる・・・まぁ、6月は小村先輩の結婚式だし、そろそろひと揃え持ってても良いかもな」
「そうね、小村さんダメでも、雄一叔父さんの礼服借りれるかもよ。私も帰ったら礼服準備しなくっちゃ。とりあえず、お昼前にはお弁当持ってそっちに行くわぁ」
携帯を切りテーブルの上に置くと、心配そうな楓ちゃんに気がついた。
「やっぱりさっきの長田さんって、モリヒデが1年の時の写真部の部長さんだったわ」
「うそ。だってまだ若いんでしょ、その人」
「まぁ事故なんだから、年齢なんて関係ないわよね。・・・さぁ、おにぎり握って田んぼに戻ろうか楓ちゃん」
「そうですね佳奈絵さん、遅くなるとあの二人が煩いですからね。」そう言うと、楓ちゃんは炊飯器の蓋を開け内釜を取り出した。
お互い無言のまま、おにぎりを握る。
高校1年生の頃が走馬灯の様に回り始めた。
長田先輩と話をしたのは、夏休みの合同合宿の時。
盆踊りの時も、浴衣姿の沢田先輩と、楽しそうに歩いていた。
心のどこかで、モリヒデと同じ様に過ごせたらって、思っていた気がする。
秋には、県の写真コンクールで金賞を取って、3年間の部活動に憂愁の美を飾る事ができたと、写真部美術部合同で祝賀会兼追コンをやった。
卒業式の後、泣いている沢田先輩を校舎の影で慰めていたのを見かけた。
確か、2年のお盆休み前日、差し入れを持って美術室にも顔を出してきた。
今年の正月、楽しそうに話をしながら雲山のマックに入る二人とすれ違った。
どれも些細な思い出ばかりだけど、今となってはその一つ一つに意味が有った様に思えてしまう。
「佳奈絵さん・・・佳奈絵さん? 大丈夫です?」
「えっ・・・あぁ、ゴメン楓ちゃん。亡くなった先輩の事考えてた。」
「どんな方だったんですか?長田さんって。」
「そうねぇ、優しくてカッコイイから結構女子から人気有ったわね。写真部と美術部が仲良いのは、長田先輩の代からって話だよ。モリヒデと親しくなった切欠の一つを、長田先輩と沢田先輩・・・長田先輩の彼女さんで私が一年の時の美術部の部長さんなんだけど、えっ?そう去年の部長のお姉さん、その二人がくれたんだよ。」
「へぇ~そうなんだ。うちの高校って文化部同士が仲良いですよね、ブラバンと写真部美術部の交流は、佳奈絵さん達からですよね確か。」
「そんな事も有ったわね・・・そうだ、朝ちゃんにもメールしておかなくっちゃ。楓ちゃん、お弁当持って出る準備任せちゃっていいかな?」
楓ちゃんがコクリと頷くのを確認して、テーブルの上の携帯に手を伸ばす。
短いメールを打ち、ひとつため息をつく。
人生なんてどうなるか分かんない物だけど、まさかこんな形で知り合いの人生が終わるなんて、思いもしなかった。
今、沢田先輩が辛い気持ちなのが手にとる様に分かる。
長田先輩の顔にモリヒデがシンクロする。
もしモリヒデの身に何か有ったら、私はどうするんだろう?
残りの一生、モリヒデ抜きでやっていけるんだろうか。
悔しいけど、私の人生にアイツは必要不可欠な存在になっていた。
「佳奈絵さん? 本当に大丈夫です?」
楓ちゃんが心配そうに覗き込んできた。
「んっ、ゴメンゴメン準備出来ちゃった?」
「それがお兄ちゃんと健吾、戻って来ちゃったんですよ。」
「ただいまヒグラシ~。あ~疲れた~」
「あっ、お疲れさまモリヒデ」
「疲れましたねヒデ兄。楓~冷蔵庫にコーラ入れといたの取ってくれよ。」
「健吾君もお疲れさま。戻って来るなんてどうしたの?」
「必死に頑張って、田植え終わらせてきましたよぉ・・・おっサンキュウ、楓」
健吾君が冷えたコーラを、喉を鳴らしながら飲み干した。
4人で縁側に坐りお弁当を頬張った。
「ちらっと聞いたけど、長田先輩と沢田先輩、今年の秋に結婚決まってたんだってさ・・・・・・切ないよなぁ」
モリヒデが静かに呟いた。
「そうなんだ。辛いだろうなぁ沢田先輩」
「だよなぁ・・・きっと、長田先輩も死に切れないだろうなぁ」
「ヒデ兄も佳奈絵さんも、運転気をつけて下さいよ」
「本当、気をつけてよねモリヒデ。あんたが居なくなったらなんて、考えたくもないからね。」
「ヒグラシだって通勤距離長いんだから、気をつけろよ。俺だってお前抜きの生活なんて考えられないからな。」
「うん、気をつけて運転するね」
4人とも無口になり、ヒバリの忙しげなさえずりだけが、辺りを支配した。
「・・・・・・あっ、ゴメンね楓ちゃん健吾君、湿っぽい話になっちゃって」
「おう、そうだな。・・・なんかヒグラシの奴、勘違いしてるみたいだし」
「勘違いって何?お兄ちゃん」
「いや、ヒグラシ居なくなったら、誰が洗濯してメシ作るんだよって話なんだけどさ。」
「うわっヒデ兄、このタイミングでそっちの心配ですか?」
みんなで顔を見合わせて笑った。
「どうせそんな話だろうと思ってたわよ、モリヒデ」
そうは言ったけど、モリヒデが本当に言いたかった事は、ちゃんと伝わってるからね、安心していいよモリヒデ。
松舞ラブストーリーアーカイブ
ショート・ショート編
モリヒデ・ヒグラシ編
颯太・朝葉編
洋介・日向編
幸一・真子・美結編
御主人様28号・詩音編
比呂十・美咲編
優ママ編
本田・楓編
android game編
ある高校生の夏休み編【完結】
(小夜曲)sérénade編【完結】
楓・青木先輩編【完結】
本田・沢田編【完結】
2009年収穫祭編【完結】