松舞ラブストーリー

山陰の仮想の町松舞町を舞台にした、様々な恋愛を見守ってやって下さいね

2011年05月

「あんら、け~。どこの新婚さんかと思ったら、健吾君と楓ちゃんかね。」
道路脇に止まった軽トラから、細木のおばさんが顔を覗かせ、そう話しかけた。
確かに、あれじゃあ初々しい農家の若夫婦って感じよね(笑)
こんにちは、佳奈絵です。
―――――――――5月1日(日)―――――――――
「そうだ。あんたら、明後日から何かすっかね? また、アルバイトせんかね?」
「はぁ?なして? 直売所、暇じゃないかね?」
楓ちゃんが畦を走りながら、細木さんに聞いてきた。
「そ~が、下の長田さんちに葬式が当たったそうだがね。そ~で、手が足らんやになって今朝からてんてこ舞いだわね。」
「そげかね~。さ、手子が要いわね。お~い健吾、直売所が忙しいんだって、あんたはゴールデンウィーク中、どうせ暇でしょ」
「『あんたは』って、どう言う意味だよ楓。お前だって、どうせ暇なんだろ。」

「ん? 何だってヒグラシ?」田植え機を回り込ませたモリヒデが尋ねて来た。
「直売所が忙しくなったけん、楓ちゃん達またバイトだって。」
「細木のおばさん、ええぇね忙すて。」そう言いながら、モリヒデは畦端に腰をおろし、クーラーボックスから麦茶を取り出した。

「しゃん事ないわね・・・そうだヒデちゃんも気を付けぇだよ。長田さんちの分家の若いす、交通事故で亡くなったらしけん。あんたも車運転すぅが、あんまスピード出すじゃないだよ」
「大丈夫だわね、オレは」
「しゃん事、言っちょうけん事故すうわね。分家の若いすは、あんたらと同い年くらいだすこだよ。知り合いじゃないかね?」
「う~ん、同級生に長田って居ないよなぁ、ヒグラシ」
「そげだね、二つ上に写真部の部長さんが居たけどね」そう言いながら、ふっと長田先輩と沢田先輩の顔が頭を過った。

「そげかね、まぁ気ぃ付けぇだよ。じゃあ、健吾君楓ちゃん頼んだけんね」
「分かったけんバイト代弾んでよ、細木のおばさん」
「そぉはまた考えとくけんね、健吾君」
そう言うと、細木さんの軽トラは颯爽と駈け出した。


モリヒデの家に戻り、楓ちゃんと昼食の準備をしている間も、長田先輩と沢田先輩の顔がチラついて落ち着かなかった。
長田先輩は、関西で会社員していて、沢田先輩は雲山でJAの窓口業務をしているって聞いている。
テーブルの上で携帯が鳴り出した。
モリヒデからだ・・・一瞬不安が過る

「もしもし、どうしたモリヒデ?」
「おうヒグラシ。さっきの事故の話だけど、気になったんで写真部だった奴等に電話かけまくったんだ。そうしたら、やっぱり亡くなったのは長田先輩だった。」
「うそっ」嫌な予感が的中してしまった。
「詳しくは判んないけど、夕方こっちに戻って通夜だって」
「じゃあ今夜、通夜に行こうかモリヒデ」
「そうだなヒグラシ。葬儀には参列出来ないかもしれないからな。」
「あんた礼服有ったっけ?」
「小村先輩に借りようかなって思ってる・・・まぁ、6月は小村先輩の結婚式だし、そろそろひと揃え持ってても良いかもな」
「そうね、小村さんダメでも、雄一叔父さんの礼服借りれるかもよ。私も帰ったら礼服準備しなくっちゃ。とりあえず、お昼前にはお弁当持ってそっちに行くわぁ」

携帯を切りテーブルの上に置くと、心配そうな楓ちゃんに気がついた。
「やっぱりさっきの長田さんって、モリヒデが1年の時の写真部の部長さんだったわ」
「うそ。だってまだ若いんでしょ、その人」
「まぁ事故なんだから、年齢なんて関係ないわよね。・・・さぁ、おにぎり握って田んぼに戻ろうか楓ちゃん」
「そうですね佳奈絵さん、遅くなるとあの二人が煩いですからね。」そう言うと、楓ちゃんは炊飯器の蓋を開け内釜を取り出した。

お互い無言のまま、おにぎりを握る。
高校1年生の頃が走馬灯の様に回り始めた。
長田先輩と話をしたのは、夏休みの合同合宿の時。
盆踊りの時も、浴衣姿の沢田先輩と、楽しそうに歩いていた。
心のどこかで、モリヒデと同じ様に過ごせたらって、思っていた気がする。
秋には、県の写真コンクールで金賞を取って、3年間の部活動に憂愁の美を飾る事ができたと、写真部美術部合同で祝賀会兼追コンをやった。
卒業式の後、泣いている沢田先輩を校舎の影で慰めていたのを見かけた。
確か、2年のお盆休み前日、差し入れを持って美術室にも顔を出してきた。
今年の正月、楽しそうに話をしながら雲山のマックに入る二人とすれ違った。
どれも些細な思い出ばかりだけど、今となってはその一つ一つに意味が有った様に思えてしまう。

「佳奈絵さん・・・佳奈絵さん? 大丈夫です?」
「えっ・・・あぁ、ゴメン楓ちゃん。亡くなった先輩の事考えてた。」
「どんな方だったんですか?長田さんって。」
「そうねぇ、優しくてカッコイイから結構女子から人気有ったわね。写真部と美術部が仲良いのは、長田先輩の代からって話だよ。モリヒデと親しくなった切欠の一つを、長田先輩と沢田先輩・・・長田先輩の彼女さんで私が一年の時の美術部の部長さんなんだけど、えっ?そう去年の部長のお姉さん、その二人がくれたんだよ。」
「へぇ~そうなんだ。うちの高校って文化部同士が仲良いですよね、ブラバンと写真部美術部の交流は、佳奈絵さん達からですよね確か。」
「そんな事も有ったわね・・・そうだ、朝ちゃんにもメールしておかなくっちゃ。楓ちゃん、お弁当持って出る準備任せちゃっていいかな?」
楓ちゃんがコクリと頷くのを確認して、テーブルの上の携帯に手を伸ばす。

短いメールを打ち、ひとつため息をつく。
人生なんてどうなるか分かんない物だけど、まさかこんな形で知り合いの人生が終わるなんて、思いもしなかった。
今、沢田先輩が辛い気持ちなのが手にとる様に分かる。
長田先輩の顔にモリヒデがシンクロする。
もしモリヒデの身に何か有ったら、私はどうするんだろう?
残りの一生、モリヒデ抜きでやっていけるんだろうか。
悔しいけど、私の人生にアイツは必要不可欠な存在になっていた。

「佳奈絵さん? 本当に大丈夫です?」
楓ちゃんが心配そうに覗き込んできた。
「んっ、ゴメンゴメン準備出来ちゃった?」
「それがお兄ちゃんと健吾、戻って来ちゃったんですよ。」
「ただいまヒグラシ~。あ~疲れた~」
「あっ、お疲れさまモリヒデ」
「疲れましたねヒデ兄。楓~冷蔵庫にコーラ入れといたの取ってくれよ。」
「健吾君もお疲れさま。戻って来るなんてどうしたの?」
「必死に頑張って、田植え終わらせてきましたよぉ・・・おっサンキュウ、楓」
健吾君が冷えたコーラを、喉を鳴らしながら飲み干した。


4人で縁側に坐りお弁当を頬張った。
「ちらっと聞いたけど、長田先輩と沢田先輩、今年の秋に結婚決まってたんだってさ・・・・・・切ないよなぁ」
モリヒデが静かに呟いた。
「そうなんだ。辛いだろうなぁ沢田先輩」
「だよなぁ・・・きっと、長田先輩も死に切れないだろうなぁ」
「ヒデ兄も佳奈絵さんも、運転気をつけて下さいよ」
「本当、気をつけてよねモリヒデ。あんたが居なくなったらなんて、考えたくもないからね。」
「ヒグラシだって通勤距離長いんだから、気をつけろよ。俺だってお前抜きの生活なんて考えられないからな。」
「うん、気をつけて運転するね」

4人とも無口になり、ヒバリの忙しげなさえずりだけが、辺りを支配した。
「・・・・・・あっ、ゴメンね楓ちゃん健吾君、湿っぽい話になっちゃって」
「おう、そうだな。・・・なんかヒグラシの奴、勘違いしてるみたいだし」
「勘違いって何?お兄ちゃん」
「いや、ヒグラシ居なくなったら、誰が洗濯してメシ作るんだよって話なんだけどさ。」
「うわっヒデ兄、このタイミングでそっちの心配ですか?」
みんなで顔を見合わせて笑った。

「どうせそんな話だろうと思ってたわよ、モリヒデ」
そうは言ったけど、モリヒデが本当に言いたかった事は、ちゃんと伝わってるからね、安心していいよモリヒデ。


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楓・青木先輩編【完結】
本田・沢田編【完結】
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「お~い、楓ぇ はやこと苗運んでごせやぁ」
「んもう~、お兄ちゃん人使いが荒いよ~」
「ちょっとぉ、そこの男子二人! コーラばっか飲んでないで、少しは苗を運ぶの手伝いなさいよぉ・・・か弱い女の子達が、汗水たらして運んでんだからさぁ」
「そげに俺と健吾は、この後苗を植えないけんけん、力を温存しとかないけんわや。なぁ健吾」
「いや、ヒデ兄は田植え機運転するだけでしょ、畦際は俺が手植えするんだからさ。」

今年もゴールデンウィーク恒例の、大田植え大会の季節がやって来ました。
こんにちは、楓です。
―――――――――5月1日(日)―――――――――
今年は震災の影響(遅くなりましたが、震災で亡くなられた方の御冥福をお祈りいたします。)で、ゴールデンウィークの客足は多くないだろうって話になって、道の駅ショップのアルバイトはしなくてよくなりました。
って言っても、代わりに田植えの手伝いをしなきゃいけないんですよね・・・昨日は健吾の家の田植えを手伝って、今日はうちの田んぼの田植えです。
どの道働かなきゃいけないんなら、アルバイトしていた方がお財布の中身が増えて良いんですけどね。

「OKモリヒデ、苗運び終わったわよ。あ~疲れたぁ・・・ねぇ楓ちゃん、今度は私達が休憩しようか」
「そうですね、佳奈絵さん♪ じゃあ健吾にお兄ちゃん、後は頼んだね」

お疲れ楓、そう言いながら健吾が飲みかけのコーラを私に手渡した。
「ありがとう健吾、頑張ってね」
・・・どうせなら、飲みかけじゃなくて未開封のコーラを手渡して貰いたいんですけどね(笑)

ちょっぴり温くなったコーラを一気に飲み干す。
「あ~、五臓六腑に染み渡るわぁ・・・」
今のセリフ親父臭いって、佳奈絵さんが笑ってます。
うっ、お父さんの口癖がうつってしまったんでしょうか・・・

少し高くなった道路の際に佳奈絵さんと腰を下ろす。
「あ~、この辺は気持ちいい風吹いてるわね、楓ちゃん」
「そうですね。今日も結構暑いですね、この間まで寒くて仕方なかったんですけど。」
「そうよねぇ。うちの事務所、たまに冷房入れてるよ、もう。」
「早っ。そう言えば仕事の方、少しは慣れました?」
「う~んボチボチかな。結構お局さんがキツイのよね。楓ちゃんの方はどうなの? 進路決まった?」

うっ・・・今、触れてもらいたくない話題です。
正直、進学したい気持ちが強いんですが、お兄ちゃんや佳奈絵さんを見ていると、就職も悪くないかなって気がします。
「まだ、悩んでいるんですよ佳奈絵さん。」
「そっかぁ・・・健吾君の方はどうなのよ?」
「あいつは島大狙いみたいです。それなら、生活費の心配いらないからって。」
「じゃあ、松舞から通うんだ、結構大変だよ・・・大学と言えば、この前青木君から近況報告のメールが来たわよ。」
「あっ、どうですって?」
「うん、大学にも慣れて、ゴールデンウィークからアルバイトも始めるって。沢田さんも、元気だってさ」

青木先輩も沢田先輩も、第一志望だった神戸大学に合格し、春から関西に住んでおられます。
恋人同士が同じ進路って羨ましいですよね。
「そっか二人とも元気なんですね。でも良いですよね、恋人同士同じ大学って。」
「確かにね、あの二人結構お似合いだったもんね。私は、もしモリヒデと同じ大学だったら考えるわよ、きっと。」
「あ・・・確かに分かります、それ」
「なんてね。きっとモリヒデと一緒の大学通っていたとしても、楽しく過ごしていたと思うわよ。」
「無理しなくて良いですよ、佳奈絵さん(笑)」

「え~無理なんかしてないって楓ちゃん。そりゃ確かに頭に来る事も多いけど、今の生活を見る限り、きっとちゃんとやっていける気がするもん」
ちょっと真剣な顔で話す佳奈絵さんが、すごく大人に見えてしまった。
私も健吾との事、そう言う風に言える時が来るのかな?
ちらっと健吾の方に目をやる。
JAのタオルを頭に巻いて、黙々と稲を植えている。
その姿が、幼い頃見たお父さんの姿にそっくりで、思わず遠い記憶が蘇ってくる。

大学在学中にお祖父ちゃんが亡くなったって事で、中退して家業の農業を継いだって、いつか酔っぱらって話していた。
本当は、東京で出版関係の仕事に就きたかったらしい。
こっちに戻ってきて、農業を始めようにもさっぱり訳が分からず、結構苦労したそうです。
見かねた総代さんが、実の娘を手伝いに行かせて・・・それが私のお母さん。
プロポーズしたのが、農作業中って言うからどこかの歌の歌詞みたいですよね。
でもお母さんは、色々文句を言いながらもお父さんを心から頼りにしているのが、良く分かる。
もし、この先健吾と結婚なんて事になったとして、我が家みたいな家庭を築ければって言うのが、私の希望でしょうか。



「さて・・・そろそろ、お昼ごはんの準備しに帰ろうか、楓ちゃん」佳奈絵さんが、ジャージに付いた草を払いなが立ち上がった。
「そうですね。ねぇ健吾、私達お昼ご飯の準備に帰るからねぇ」
黙々と稲を植えていた健吾が、汗を手で拭いながら手を上げる。
「ちょっと健吾。そんな手で顔拭いたら・・・」
「あ~ぁ健吾君、泥んこ遊びしてる子供みたいな顔だよ」佳奈絵さんが指をさして笑っています。

「もう健吾ったら」
そう言いながら、タオルを手に畦を駆けて行く。
「ほら健吾、そんな泥だらけの手で顔拭ったら、その汚い顔が余計汚れるでしょ」
「汚くて悪かったな、ほら貸せよタオル」
「ダメだって、あんたの顔拭く前にタオルが泥だらけになっちゃうでしょ。ほら、顔出しなさい!」
健吾がシブシブ顔を前に突き出した。
「じっと、しちょうだよ」
そう言いながら、健吾のほっぺやおでこを丁寧に拭いた。



「あんら、け~。どこの新婚さんかと思ったら、健吾君と楓ちゃんかね。」
道路の方から声がしたので振り返ると、そこには荷台に野菜や切花を沢山積んだ細木さんちの軽トラが止まっていた。
「細木のおばさん、やめてごすだわね、新婚さんだなんて」
そう言いながら健吾は、飛ぶように離れた。
「えわねえわね、今更隠さんでも。あんたらが仲が得ぇのは、みんな知っちょうけん。」

・・・そうか新婚さんかぁ。
こんな感じだったら、健吾ともやっていけるかも。
爽やかな五月の風が頬をひとつ撫で、草いきれが、どこか懐かしく感じられた。



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