松舞ラブストーリー

山陰の仮想の町松舞町を舞台にした、様々な恋愛を見守ってやって下さいね

カテゴリ: 御主人様28号・詩音編

・・・寝付けずにいます。

詩音を、起こさない様に静かに、ベッドから抜け出しました。
とりあえず、冷蔵庫からビールを取り出して、エアコンでカラカラに乾いた喉を潤してみる。

「大体、今何時なんだよ・・・」
窓際の目覚ましに視線を落としてみる。
赤いLEDが、0:00にちょうど変わりました。
・・・3月10日、僕の21回目の誕生日です。
こんばんわ、御主人様28号こと、隆文です。
―――――――――3月10日(水)―――――――――
ベッドの上では、すぅすぅと詩音が寝息を立てています。
詩音が喉を痛めない様に、加湿器のスイッチを入れておく。
低いノイズと共に、ノズルから静かに水蒸気が流れ始め、その水蒸気に時計のLEDの明かりが、拡散されて幻想的な雰囲気を醸し出しています。
僕はタバコに火を点け、ぼ~っとそんな光景を眺めるてた。

21歳かぁ・・・。
自分の中では、高校時代から歳だけ重ねて、何も成長していない気がしています。
この前、詩音にその事を話したら、「そんなもんだって」言ってました。
でも、「自分が気付いていないだけで、実は考え方が少しづつ変化していっている」とも、言ってました。
「だから、焦る事は無いって。一日一日、人間は成長していくんだから、嫌でも心も成長しているんだ」と。
「そんなもんかね~」ってその時は笑い飛ばしたのを覚えてます。

僕は来週から、内定を貰った会社で2週間程アルバイトをする事になってます。
少しでも早く、会社に慣れておきたかったからです。
正直、うまく会社で立ち振る舞っていけるか、心配ですよ。
意外にナーバスなんです、僕って。
不安と期待で、眠れない日々が続いていました。
そして1年後、10年後の自分って物が、全く見えてない事に不安を感じています。
詩音は、「そんな物は、誰だって分からない。分かっている人は、分かっている気になっているだけだ。」って、話してくれました。
確かにそうかも知れませんね・・・

でも、これだけは信じていたい、未来が有ります。
1年後も10年後も、僕の様々な出来事の中に、詩音が居る事。
それだけは、分かっていたい。
相変わらず静かに、寝息を立てている詩音を見つめてみる。
ず~っと、このまま時が止まってくれれば、どんなに良い事か。
そうすれば、いつまでも僕は詩音のそばに、そして詩音が僕のそばに、居る事が出来る・・・
そんな、甘い考えばかりしているから、ダメなんですよね、もっと現実に目を向けなきゃ。

「う~ん、ご主人様ぁ~・・・あれ?・・・ご主人様ぁ?」
詩音が起上がり、寝ぼけた目で僕を探しています。
「ここだよ、詩音。何だか寝付けなくってさ。」
「良かったですぅ。ご主人様が居なくなっちゃったかと、思いましたぁ。」
「ゴメンゴメン、もう一本タバコを吸ったら、ベッドに戻るから。」
「はいなのですぅ。詩音がちゃ~んと、お布団温めておきますからね♪」
そう言うと詩音は、毛布に頭から包まった。

・・・5年先、10年先、僕らが例え結婚して子供が居たとしても、こう言う甘い関係は続けていたい。
先の事は分からない、だから毎日を精一杯生きていたい。
ただ詩音と過ごす明日を目指して、今日を生きていく。
そんな生き方しか出来ない。
でも、振り返った時、そこに有る思い出の数々を、本当は「幸せ」って呼ぶらしい。
なら、毎日を精一杯過ごしていこう、例えそれが険しい茨の道だとしても、詩音の笑顔を見る為なら、歩いて行ける気がした。

タバコをもみ消し、ベッドに潜り込む。
「タバコ臭いですぅ~、ご主人様ぁ」
「ゴメンゴメン」そう言いながら、詩音の頬にキスをする。
僕が傍に居る事で安心したのか、詩音はまた静かに寝息を立て始めた・・・

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今までバレンタインなんて、僕には無用のイベントだと思ってました。
だから今年のバレンタインは、凄く楽しみにしています。
何たって、詩音からチョコが貰える(予定)んですから。
貰えるんなら、10円のチロルチョコ1個でも、嬉しいんですが、やっぱりちょっぴり期待しちゃいますよね。
こんばんわ、御主人様28号こと、隆文です。
―――――――――2月14日(日)―――――――――
「御主人様ぁ、このチョコは詩音が、愛情をた~ぷり込めて作ったんですよぉ」
そう言いながら手渡された箱が3つ
小さな箱が2つに長細い箱が一つ・・・?
「開けてみてもいい、詩音?」
「はいなのですぅ、ぜひぜひ開けてみて下さい~」
先ずは、2番目に小さな箱から手にする。
少し緊張しながら箱を開けると、小さなチョコがこぼれ落ちた。
「このチョコ、全部詩音が作ったの?」
「はい、『美味しくな~れ、美味しくな~れ』って、呪文を唱えながら作った生チョコさん達ですぅ」
「へぇ~、じゃあコーヒーでも飲みながら、一緒に食べようか」
「分かりました御主人様、コーヒーいれて参りますね。他のプレゼントも開けてみて下さいね」
そう言うと詩音はキッチンへと向かって行った。
これが、チョコだとすると残りの2つの箱は?
一番小さな包みを開けてみる。
そこには、品の良いネクタイピンとカフスボタンが入っていた。
っとすると、この細長い包みは・・・
やっぱりネクタイだった。


「御主人様~コーヒー入りました~・・・あれ?御主人様はどこへ?御主人様~御主人様~?」
こんな安アパートで、御主人様を連発されたら、他の部屋の連中に変に思われるだろ~って、もう手遅れかも知れませんが
「どう詩音?似合ってるかなぁ?」
僕は、スーツに着替え、詩音に貰ったネクタイを絞めてみた。
「御主人様、早速着けて下さったんですね、ありがとうございます。七五三みたいで似合ってますよ(笑)」
「七五三・・・それって、誉め言葉には聞こえないよな・・・(^^;)」
「嘘です、すっごくすご~く似合ってますよ、御主人様ぁ」
「そうか?ありがとう詩音。」
「御主人様は、私より一足先に社会人になられる訳ですから、是非とも送りたかったんですぅ」
社会人・・・重い言葉の響きです。
将来、詩音と結婚する為には、資金を貯めなきゃいけないし、今からプレッシャーに負けちゃいそうです。
詩音がいれてくれたコーヒーを、飲みながら頬張る生チョコは、それなりに苦い味がした。

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「御主人様~御主人様~、起きて下さい、起きて下さいよぉ~」
詩音に激しく揺さぶられて、僕は目を覚ます。
「ん?詩音どうした?そんなに慌てて・・・痛多々た、頭痛て~」
「申し訳ございません御主人様、私、寝過してしまいました・・・もうお昼ですぅ」
「うん・・・二日酔いだし、今日は祝日だから・・・成人の日だか・・・成人・・・やばっ!」
ガバッと布団から飛び起きる。
「あたたた~」
こんにちは、御主人様28号こと、隆文です。
―――――――――1月11日(月)―――――――――
そうです、実は僕今年成人式なんです。
「とりあえず、冷たい水貰えるかなぁ詩音。それと、今何時?」
「え~っと、え~っと・・・12時15分ですぅ。成人式って受付9時半からでしたよね、御主人様ぁ。まだやってるかなぁ?」
「いや、確か10時から式典で、12時には終わるはず・・・。う~頭がガンガンするぅ」
「はい、冷たいお水ですぅ・・・。うううっ、申し訳ございません、一生に一度の晴れ舞台なのに・・・」
いや、別に壇上で宣誓とかする訳じゃないから・・・
昨夜は、バイト先の先輩のおごりで、詩音も参加しての成人式前祝いを、盛大に行ってもらいました。
ビールに、ワインに、ハイボールに、焼酎・・・チャンポンで飲みましたからね。
確か、お開きになったのは、始発が走り出してからだったかな・・・
しっかし、二日酔いって最悪ですね、気持ちは悪いし頭は締め付ける様にガンガンするし・・・

「どうします・・・御主人様ぁ、二日酔いじゃあ、成人式どころじゃないですよね・・・」
「あぁ、もう成人式は諦めたよ、詩音。それより、レモンか何か無かったっけ?」
「レモンですかぁ? 確か、半分使った残りが、野菜室に有ったと思いますけど。どうします?絞って来ましょうか?」
「うん、頼む・・・しかし、詩音も結構なペースで飲んでたけど、二日酔いじゃないの?」
「えっ?私ですか?全然平気ですぅ。うちの家系って、酒豪が多いみたいなんですよ♪」
酒豪かぁ・・・先が思い遣られる様な気がします・・・
「はい、御主人様ぁ。レモン汁です・・・。飲み易く、蜂蜜でも入れましょうか?」
「いや、このままの方が、効きそうな気がしない?」
「う~、見ているだけで、酸っぱそうですぅ・・・。あっ、濃いブラックコーヒー淹れてますから、もう少し待って下さいね。」
う~、酸っぱい・・・
ぷふぁ~、これ位じゃないと、二日酔いの頭ははっきりしませんからね。
「はい、御主人様、コーヒーです。熱いですからね・・・ふうふうして二日酔いが治る魔法を入れしましょうか?」
「あぁ・・・頼むよ詩音」・・・よく分かりませんが(笑)
「ふぅ~ふぅ~ふぅ~。御主人様の二日酔いが治ります様に・・・マジカルマジカル、えぃッと。はいこれで、二日酔いが治りますよ御主人様♪」
うん・・・なんか余計頭痛くなってきた・・・
「う~、苦いねぇ~。こりゃ効きそうだ・・・」
「良かった~。でも御主人様どうします成人式? スーツ姿の記念写真が撮れないじゃないですかぁ」
「まぁ、写真はいつでも撮れるし・・・そうだ詩音、折角だから二人で正装して記念写真撮ろうか」
「えっ、私とですかぁ?」
「そうだよ。写真館とか、今日は一杯だろうなぁ・・・近所の公園でいいかぁ。そうと決まれば、早速カメラや三脚準備しなくっちゃあ・・・」
「あの~御主人様ぁ、私未だOKしてないんですけどぉ。ッて、私の話聞いてませんね~」

僕は、スーツを着て、詩音を公園に連れ出した。
三脚をセットして、セルフタイマーをセットする。
詩音と並んで何枚か畏まった写真を撮った。
デジカメのモニターを見ながら、詩音が笑う。
「御主人様、畏まっちゃって。千歳飴持ったら七五三みたいですよ~」
その笑顔が、すごく素敵でした。
「よし、続いて詩音の撮影会だぁ」
「えっ?そんなぁ~、聞いてないですよぉ、御主人様ぁ」
その困った表情、早速いただき~♪
「あっ、不意打ち~酷いですぅ。変顏になってません?」
僕は詩音を無視して写真を撮り続ける。
モニターを確認する度、様々な表情を見せる詩音を見ていたら、幸せな気分になってきた。
こんな成人式でも良いかぁ。
帰りにコンビニでプリントアウトして、部屋一杯に飾ろうかな、二人の大切な思い出として。


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僕の乗った電車が、ホームに滑り込む。
やはり大晦日ともなると、ホームに人が少ないですね。
窓際に立っていた僕は、ボーっと外を見ていた。
そして、小さな子供の手をつなぎ電車を待つ女性に目がとまった。
あれ?この女性って・・・でもまさかなぁ・・・
向こうも僕の存在に気付き、驚いた顔をしている・・・
やっぱりそうだ。
たった一日ですが、僕の彼女だった、山瀬幸子さん
・・・そう、さっちゃんです。
こんばんは、御主人様28号こと、隆文です。
―――――――――12月31日(木)―――――――――
「山瀬さん・・・?やっぱり山瀬さんだ。 あっ、ゴメン今は名字が違うのか。」
「ううん、山瀬に戻ったの・・・。やっぱり村下君ね、久しぶり約3年ぶりだっけ、元気だった?」
苗字が旧姓に戻ったって事?離婚?
「あぁ元気だって。そうだな、3年ぶりかな。あっ、この子って山瀬さんの子供?」
「うん、優って言うの。もうすぐで2歳になるんだ」
「目が似てるねぇ、美人になるなぁ。」
「ふふ、ありがとう、村下君。でもびっくりした。まさか東京で知り合いに会うなんて、思わなかったから。いつもこの地下鉄使うの?」
「あぁ、そうだよ。山瀬さんこそどうしたの、東京で会えるなんて考えもしなかった。」
「私? 渋谷に買い物に行くところ。今ね、埼玉に住んでるの。さいたま市で叔父さんが会社を経営しているから、そこの事務員として働いてるんだ。ほら・・・大学中退して結婚して、揚げ句の果てに離婚だなんて、松舞帰ると周りの視線がきついでしょ・・・」
「そっか、色々大変だったんだね、山瀬さんも・・・」
やっぱり、離婚したんだ。さっちゃんを捨てるなんて、一体どんな奴なんだ!
「まあね・・・自業自得なんだろうけどね。でも、優が居るからいつまでも落ち込んでいる訳にはいかなかったし・・・。」
「相変わらず、強いんだな、山瀬さんは・・・」
「そんな事無いって。んで、村下君の方はどうなの?彼女出来たの?」
「あぁ、年上なんだけど、すごく甘えん坊の彼女がいるよ。」
「へぇ~。ねぇどんな感じの女性? 同じ人を好きになった物同士、興味が有るなぁ」
「何だよ、別に良いだろ、そんなの。」
「だって、気になるじゃん。その人、背高いの?髪型は?有名人に例えると誰に似てる?」
「ったく。詩音は、背は少し高めかな。髪はロングでストレート。有名人に例えるなら、う~ん・・・思い浮かばないなぁ」
「へぇ、詩音って言うんだ、すてきな名前だね。幸せそうで良かった。」
少し伏目がちになった、さっちゃんが気になり、俺も聴き直した。
「そう言う山瀬さんはどうなん?」
「う~ん、幸せとか幸せじゃないとか、言ってる余裕が無いかな。でもね、優と過ごしている時は、幸せかな。この子を産んで良かったって。あのね親戚の会社に勤めてるもう一つの理由はね、育児にかかる時間を、色々融通利かせてもらってるから、っていうのも、有るんだよね。」
「ふ~ん、子供が生まれると、そんなもんなんだ。『女は弱し、されど母は強し』だな。」
「何それ?初めて聞いたわ。でも確かにそれ当たってるかも」クスクスとさっちゃんが笑う。
その笑顔は、間違いなく18歳の、あのさっちゃんのままだった。
一気に2年前の気持ちが蘇る。
僕は、さっちゃんを見つめる。
もし再会が半年早かったら、僕は思いのままを口にしていた事だろう。
詩音と出会い、心の傷は随分と癒されたが、それまでの自分は表には出さなくても、さっちゃんへの思いを引きずって生きていた。
「突然さっちゃんが、僕のアパートを尋ねて来るかもしれない」、「いや、僕が大阪中を探せば会えるかもしれない」、そんな事ばかり考えていた、弱い自分が居た。

「村下君・・・?」
山瀬さんに話しかけられ我に帰る。
「ごめんごめん。」でもその先の言葉が見つからない。
電車が池尻大橋の駅に着いた。
次の渋谷に着いたら、またさっちゃんとお別れだ。
ひょっとしたら、これがさっちゃんに会える、本当に最後のチャンスかもしれない。
そう思うと、このまま何も言わずに、別れるべきかどうか悩んだ。
お互い無言のまま、電車は走り続ける。
今、心の奥底に仕舞い込んだ思いを、彼女に伝えたら僕はきっと楽になれる。
でも、その言葉によって彼女は又苦しむかもしれない。
そして、彼女に抱いていた淡い思いが、今、また僕を苦しめる。
あの日、さっちゃんが僕に言った言葉が蘇る。
「素敵な思い出は、素敵な思い出のまま、心の中にしまっておきたいの。遠距離恋愛になって、辛い別れで汚したくないの。」
遠距離じゃなくなった、会おうと思ったらいつでも会える距離、なにより手を伸ばせば触れ合える距離に、彼女がいる。
でも、やっぱりその手を伸ばす事は出来なかった・・・素敵な思い出のまま、心の中に留めておく方が、きっと幸せなんだと気が付いた。
彼女には優ちゃんと言う娘がいて、僕には詩音がいる。それだけでも十分、あの頃とは違うのだ。
それぞれが、お互い知らない所で幸せに暮らす・・・それが一番なんだ。
この先も僕は、街角でさっちゃんの姿を探すのかもしれない、でも、探している瞬間が切ないけど幸せなんであって、実際会うと少しずつ変わっていくお互いに愕然とする。
あの頃の二人はもう居ないんだ、何も考えずに互いの名前を呼べたあの時、そして心の全てが相手の色に染まっていたあの時の二人は・・・
静かに電車がホームに滑り込む。
もう一度、彼女の顔を見つめる。
彼女の瞳には、涙が溢れていた。ひょっとしたら、彼女も同じ思いなんだろうか?でも、それを確かめる勇気は今の僕にない。

地下鉄のドアが静かに開く。
「それじゃあ、たっくん、いつまでも元気でね。」
「さっちゃんも、幸せにな。」
互いの名前で呼び合う・・・それが僕らに出来た、最後の思い出作りだった。
さっちゃんは優ちゃんを抱きかかえると、年の瀬の忙しない人ごみの中に、吸い込まれる様に消えていった。
別々の道を歩み始めた二人、それぞれの歩みの中で、幸せになろう。この空の下、どこかでさっちゃんと優ちゃんが笑顔で暮らしている。僕では成し得なかった幸せを、二人は掴むことだろう。その笑顔を思いながら、僕は街角で二人の姿を探そう、幸せな笑顔で手をつないで歩く二人の姿を。


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いつもの様に、バイト先に近いお台場海浜公園駅でゆりかもめを降りる。
いつもと違うのは、左肩の向こうに詩音が居る事だ。
こんばんわ、ご主人様28号こと、村下隆文です。
―――――――――12月24日(木)―――――――――
クリスマスイブの今夜、うちのレストランに予約キャンセルが有ったのは、ラッキーでした。
オーナーに頼み込んで、空いた席の予約とその日のバイトのキャンセルをさせて貰ったのが、つい一昨日の話です。
「え~っ、すごくおしゃれなレストランですね、ご主人様ぁ」
「だろ~詩音。一度連れて来たかったんだ、この店に」
今日は店の裏側に回るのではなく、表のドアを開ける。
「いらっしゃいま・・・せ・・・」
ウェイター仲間が目を丸くしている。
「予約しておいた、村下ですが。」軽くウインクする。
「え~っと・・・村下様ですね、お待ちしておりました。おい、どうしたん、美人の彼女連れてぇ」
「いいだろ、たまには。お前の仕事振りをチェックしに来たんだよ」
「あっ、どうも始めまして。いつも、ごしゅ・・・いや、隆文さんがお世話になってます。」
「あっ、イエイエお世話になっているのは、僕の方でして。いっ今、席にご案内致しますね」
詩音がエスコートして貰って、椅子に坐った。
「ありがとうございますぅ」
彼は去り際に僕に「お前の彼女スゲー美人じゃんか」そう耳打ちする。

「ご主人様ぁ、よろしかったんですか?バイト先に私なんか連れて来ちゃって」
うん、正直、いつも通りメイド服でお台場に来るとは思わなかったから、少し後悔しているんだけど・・・まぁモノトーンのメイド服だから、ゴスロリって事にしておこう。

「いらっしゃいませ。ワインをお接ぎ致します。」
ソムリエの前崎さんが、ワインを注ぎにやってきた。
詩音はそっとワイングラスを口にする。
「結構なお味です。美味しいです。」そう言って微笑む。
前崎さんも微笑み返し「ありがとうございます」と、お辞儀をする。
僕のグラスにワインを注ぎながら小声で、「素敵な彼女だな」そう呟いた。
「それでは、ごゆっくり。」

「じゃあ、詩音。メリークリスマス~」
「メリークリスマス~。あの~ご主人様も、ああやって、ワイン注いでいるんですかぁ?」
「いや、あれはソムリエの前崎さんの仕事だから。俺は主に厨房で皿洗いか、たまに接客する位だよ」
「う~ん、一度ご主人様に、ああ言う風にエスコートして貰いたいですぅ」
「じゃあ今度、俺が執事しようか?」
詩音は少し考えてから、「ハイなのですぅ」と微笑んだ。

オードブルが運ばれてきた。
「本日のオードブルは、真鯛のカルパッチョ イクラ寄せとなっております」
う~ん、フロア長自ら料理を運んでくるとは、スタッフの間では相当話題になっているんだろうな
「真鯛の白、イクラのオレンジ、芽葱の緑が鮮やかですね」詩音が運ばれてきたオードブルに、感動している。
「ありがとうございます、ではごゆっくり」
フロア長は俺の方を見ると、うんうんと頷いて帰って行った。何に頷いたのか気になる所だ。
メインディッシュの子牛のフィレステーキ クリスマス風ソース添えは、シェフ自ら運んできた。
「クリスマスらしい彩りですね。この緑と赤のソースは何で出来ているんですか?」
「はい、緑はアボカドをベースにしたディップ、赤はイチゴをベースにしたフルーツソースです。ではごゆっくりどうぞ」
シェフは僕の右肩をポンと叩いて去って行った。

「あ~、美味しかったですぅ。詩音の知らない料理ばかりでした。私ももっと勉強しなきゃ駄目ですね」
「えっ、詩音の手料理も十分美味しいって」
「うふっ、ありがとうございます、ご主人様。詩音嬉しいですぅ」その笑顔が最高です。
しかし、シェフまでフロアに来たとなると次は
「本日のスィーツです。パテシィエが特別に作ったクリスマススペシャルです」
やはり、オーナーまでもが、やって来たか(-_-;)
「わぁ~、ありがとうございますぅ。美味しそうですぅ」
「折角のクリスマスですからね。ではごゆっくりどうぞ」
「村下君、今夜、閉店後に店のクリスマスパーティーやるから、参加してくれよな。もちろん彼女も一緒にな。あっ、彼女さんもOKでしょうか?」
「えっ?ご主人様・・・いえ・・・隆文さんが宜しかったら・・・」
「オーナー、分かりました。閉店までお台場で時間潰してますよ」
「では、後程・・・」
オーナーは丁寧にお辞儀して、キッチンに下がっていった。
「詩音、門限大丈夫だった? 」
「ハイなのです。そうだご主人様、これ・・・クリスマスプレゼントですぅ。」
そう言いながら詩音がごそごそとバックから、紙袋を取り出した。
「気に入ってもらえると良いんですが・・・」
「えっ?何だろう? 開けて見てもイイ?」
「ハイなのですぅ・・・ドキドキします~」
紙袋を開けてみると、それはニットの手袋だった。
「いっつも、アパートに帰った時、冷たい冷たいって、私のほぺったに掌を当ててくるからぁ」
あぁそう言えば・・・「ひやっ」とか「冷たいですぅ」って言うリアクションが楽しみなんですよね
俺もこの日の為に準備したクリスマスプレゼントを、コートのポケットから取り出す。
「詩音・・・これ・・・」
そう言って、小さな箱を彼女の眼の前に差し出す。
「ありがとうございますぅ・・・リボン解いてみても良いですか?」
えっ?ここで・・・! まぁここまで来たら、もう良いかぁ・・・
「あぁ、開けてごらん。」
リボンを解き、蓋を開けた瞬間、詩音の瞳が大きくなったのが、分かった。
「ご主人様・・・これって? ひょっとして?」
「就職が決まっただけだから、生活力なんて全く無いんだけど。いっつも俺に元気を与えてくれる、そばに居てくれる、そんな詩音と一緒に家庭を持ちたいんだ。」
プレゼントは、安物のシルバーリングだった。
「ご主人様・・・ううん・・・隆文さん、ありがとうございます。こんな私で良いんですかぁ?」
「あぁ、詩音じゃ無いと駄目だ。」
「ハイなのです。ず~っと付いていきますぅ」

背後に気配を感じ振り返ると、スタッフ全員が小さくガッツポーズをしていた(^_^;)


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